運針の、記憶
望月 ゆき
気づいたときには、わたしが
わたしという輪郭に 縫いしろを足して
日常から切りとられていた
景色はいつも、ひどく透明なので
ふりかえっても もう
戻るべき箇所を、確かめることができない
日々のあわいで耳をすます と
遠くの受粉の音がきこえる その、
くりかえされる生命の営みの隙間に入りこんだときにだけ
わたしにことばが与えられる
何度も生まれて、何度も死んでいるのに
わたしは誰の中にもいたことがない
縫いしろのぶんだけ余計なわたしは
ただ歩くことも容易ではなく ときどき
見知らぬ誰かに、真ん中で折られて
わたしの半分ともう半分が、縫い合わされそうになる
重なりたいと願うひとも、
たしかにいたはずなのに
空の、湿り気を帯びた産道を
ゆっくりと朝がすすみはじめる
背景に色が差し、わたしは
覚醒し、そしてしだいに世界と縫合されていく
針が、わたしを貫きながら上下すると
わたしの中で、発芽の音がする それを
どんなオノマトペでも言いあらわすことができなくて
咄嗟に、
きのうおぼえたばかりの
かけがえのないことばを叫ぶと、それは
わたしの名まえになった