学校と女子と男子
吉田ぐんじょう
・
机を彫刻刀で切り付けて
切れ目をひとつ作って指で開くと
そこに海が広がっているときがある
授業中やお昼休みの間はつま先から飛び込んで
そこでじっとしていた
息ができないという点では
水中でも教室でも同じだった
彫刻刀をしっかり握りしめて
それだけがわたしの武器だった
・
担任の先生は
○ばっかり付けていると不安になるらしく
答えが合っていても時々×を付けることがあった
そういう回答は
テスト後の答え合わせの時に申告しても
それは言うなればバランスなんだと言って
けして○にしてくれなかった
だからうちののクラスには満点を取れる子が一人もおらず
その代わり零点の子もいなかったけれども
何事もバランスを重んじる先生で
テスト中や授業の小テスト中は
教卓にいつも入れているやじろべえを出して
人差指の上に載せて遊んでいた
・
全校集会の校長先生の話は例外なく退屈である
あんまり同じことばかり言うので
機械ではないかという噂があった
校内ですれ違うときに挨拶をすると
きゅっち と何かが軋む音を立てながら
正確に九十度の礼をする人だった
・
美術の授業中に何を言われても
紙粘土で同じ人形ばかり作っている子がいた
通学かばんにはその人形の
砕けた足や手が詰まっていた
いつもうまくできないのだろう
それはすらりとした女の子の人形で
眼が一つしかなく
またその眼はあごのあたりまである巨大なものだった
町内の美術展覧会のときにその人形を
おかあさん
という題で出していた
・
靴箱から上履きを出すと
いつも画鋲が落ちてくる
たまに靴底に刺さっているときもあるので
履く前には気をつけなければならない
たぶん画鋲が生えてくる材質の上履きなのだと思う
そう思い込んだ方が生きるのが楽になる
・
貧乏な子や容姿の悪い子は必ずいじめられて
性格の悪い子はひっそりと仲間から外される
休み時間に全裸にされて
肛門に鉛筆を突っ込まれ
泣いていた男子のことが忘れられない
けんちゃんという子だった
幼馴染だったが
クラス二十九人を敵に回す勇気がなくて
たすけられなかった
見ていることしか出来なかった
学校というものは
自由平等の精神を学ぶ場所ではなく
不自由と格差を学ぶ場所なのだと思う
・
放課後けんちゃんと喋っていたら
ふうふ ふうふと囃されたので
校庭に転がっていた石をつかんでぶん投げた
その石は正確に囃した男子の額を割って
謝らされたのはわたしだ
どうしてなのか今でもわからない