西瓜泥棒の夏
遊佐
*
あの日、父さんは
僕に拳骨を一つくれた後、
西瓜を食べたいな
って、思ったら
ちゃんと言いなさいと
悲し気な顔をして
溜め息を一つついた後、空を見上げて…
確かに、
クスッと笑いを漏らしていた
『ねえ…、あの西瓜美味くなかったよ』
(でもね、次はきっと美味い西瓜を選らんでみせるよ)
(ごめんなさい
でも僕、どうしても、、あの畑の西瓜じゃないと駄目なんだ)
*
そんな出来事の、
ほんの少し前、
最初の拳骨をくれたのは、
麦藁帽子と
サンダルと
真っ白なランニングシャツのおじさんで、
縁側でいただいた西瓜は、
とても甘くて、美味しくて
おじさんは
何故か、とても嬉しそうに
僕を見つめて笑っていた
食いたいなら
食いたいって言え
好きなだけ
食ってみろ
種は、ちゃんと出せよ
おじさんと、
父さんと、
同じだね
最初は怒鳴って
次は拳骨
最後は、食べきれない程の西瓜を並べて
笑う
*
スーパーの西瓜は
どれも綺麗で美味そうなんだけど、
あの日、
おじさんが教えてくれた美味しい音がしないんだ
糖度の高い西瓜を選らんで
指先で弾く
今も耳に残る、
その音は
もう何年も響いてくれない
食いたいなあ…
あの、
不味い西瓜を。