夏の変なこと或いは、幽霊の始まり
吉田ぐんじょう


川底いちめんに
青白い子供たちの顔が
隙間なく敷き詰められて
にこにこ笑っている
岸辺で何かを探すように
水底を見回しているのは母親たちだ
自分の息子や娘を探しているのであろう
でも みんな同じ顔をしているから
幾日探したって見つけられない

名前を呼んだって全員が全員
まるで返事をするかのように
岸辺の草を揺らすのだ


真昼の太陽は硝子の破片のような
鋭い光を降らしつづける
あんまり強く降らすから
地上に立っている人たちは
少し血を吐きながら歩いてゆく


夕暮れは幻のような薔薇色
染まってゆく地平やビル群
惨殺事件のあとのような
ある種のぽかんとした気持ちで見つめた


やがて街灯がぽつぽつ灯り
途端に街は色を失う
昼間オールカラーだった人も建物も
全部白黒になってしまう

鮮やかなのは野菜や果物ばかり
赤い林檎や黄色い檸檬が
路傍に点々と落ちている

拾って齧る人々は
それぞれ赤や黄色一色に染まって
自信なさげに少し踊る


やがて本格的に夜がやってきて
そこここに
いるはずも無い人影が現れだす

今夜はあんまり大量なので
ちょっと困った
何しろ一歩ごとに袖を引かれたり
断りもなく背に乗られたり
体のまわりをぐるぐる彷徨われたりするのだ

鬱陶しいのでポケットにあった
ゲームセンターのメダルを投げてみたら
みんな わわわわ 
とそっちへ行ったけれど
すぐ戻ってきて
お金じゃなかった
としょんぼりしている

お金だよ
と騙してその場を切り抜けたが

そのあと自動販売機でジュースを買おうとしたら
財布の中の硬貨がすべて
ゲームセンターのメダルに変わっていた


電車に乗るために切符を買おうとする
けれども
買えない
ゲームセンターのメダルは
投入口から何度入れても
ちゃこんちゃこんと戻ってきてしまう

そうしているうちに夜が更けて
どこへ行きたいのか忘れてしまった

生暖かいメダルをいじりながら
少し笑う

行き場を失ってしまったわたしは
その場でゆっくり消えてゆく



自由詩 夏の変なこと或いは、幽霊の始まり Copyright 吉田ぐんじょう 2008-07-19 16:15:03
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