海辺の詩集
嘉野千尋
*灯台
かすかにまだ
光っている
間違えたままの、
やさしい思い出
わたしの幸福な思い違いを
あなたは
そのままにしてしまったから
残酷なやさしさに生かされている
本当はもう、
さよならをしたかった心
*梔子
初夏
木漏れ日に目を細め
恋しいひとが
こちらにむかって
やさしい腕を差し伸べたきり
神話の中のダフネのように
物言わぬ樹になっているので
わたしも何も言わず
差し伸べられた枝先に
白い花をつけていく
これは君の指、君の髪、君の頬
*地球照
あなたを映そうとして
欠けていくしかなかった
わたしの心が
いつか金色の糸となり
消えようとする一瞬に
欠けていった
その傍らで
照り返しのように
あなたを映して輝いたこと
*潮騒
今日、君に
さよならをいう
心のどこか
遠い海に明け渡した場所で
君の刻んでいた鼓動が
さよならをいう