二瀬

あまりよく、覚えていない

ふらふらと適当に帰りついた夜
白く重たいドアの先で
お父さんが
ガチガチに冷凍されていて
あれ、しっかり保存されていたんだ
そうドアの前の過去に
気が付ついたのです

久しぶり

そう言って、むかし服の裾を引っ張ったよう
な指使いで
冷たい部屋から取り出して
無理だろうな、と思いつつも
レンジで解凍してみました

なんだか、可笑しいよね


お父さんは
冷蔵庫だった気がするのに

凍った目をむいて
いたいと
確かにそうあなたに言った気が
するのに

そのまま
蒸発していった背中と共に
私のこどもは
行方知れずなのです

そう誰にも言っていた


いつからだって
私達は
他人だった

いったいあなたは誰

わたしは誰を
捨ててきてしまったの

こんな喪失の姿は
どれもこれもが
あまりにも似てしまった 手の振り方だから

私も 他人も あなたも

冷たく微笑むだけで
全然分からない


お父さん

わたし、あなたを温めることはできない

お父さん

本当は、冷蔵庫の中のあなたに驚いた 



「お父さん」と

ありふれすぎた故に、名もないもの


白いあなたからの最後の手紙を
いしのなかに埋めながら

私に忘れられるよりほかに
仕方のなかった沢山のあなた 
たちを綴って

記憶の先が
私の目の前で死んでいく


コーヒーのほろ苦さから


暗い煙突の上から

誰かの紅い頬の隙間から


白い
白く透明な小さな最後の吐息が

木の箱の中で、塊となって主張している


そのときやっと
あなたが誰だったのか
今までで
いちばんじょうずに、わかった気がして

お父さん、

最近は、雨がやまないばかりなのです


私のせいでは、ありませんよ

私はいつだって 

あなたのためなんかに 
泣いたりなど、しなかった


川が海へ返るように

最後に自然さをわたしたちに返して


こどもの私はもう、ありふれすぎていて
死ななければならないのだから

だから
「お父さん」と

嘘のように呟きながら


自由詩Copyright 二瀬 2008-07-12 23:35:54
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