夢見る死体
RT


  
   oooo ooo oo o


視界が濁る
雨が降っているらしい
でもこれ以上濡れる心配はない
目を閉じる
眠ったふりをする
内側までずぶ濡れの私は
人魚だった頃の夢を見る
見るふりをする
頃があったふりをする

ぶよぶよにふやけた私の死体
葡萄のようにつまんでくれたら
つるんとした魂が
脱ぎ出てくるのに

指はない
誰もいない
海の底
私の指なら腐ってる
間に砂が入り込んで手は埋もれている

煩わしい蛋白質に閉じ込められたまま
意地悪な水に押しつぶされていることを
許したままでいる

いいの
いいのよ
ほら
光だ
雨は止んだらしい
遥か上の海面を撫でるレースの波
何枚も行き過ぎ
二度と帰らない


   ooo ooo ooo


絶望せずにはいられない
絶望せずにはいられない
絶望せずにはいられない
絶望せずにはいられない
絶望せずにはいられない
絶望せずにはいられない
絶望せずにはいられない
七回呟いておけば
気休めの呪文として湿った骨に響く


   o oo o oo oo


海の底に沈殿する
濃度の高い蜜を舐めて
仰向けに沈んだままでいる
蜜は甘い
体はますます重くなる

いたいけな夢を見る
ふりをする
不眠症の死体


   oo o oooo


海の水 飲み干してしまえー
ごく ごく ごくごく
全部飲み干してしまえば
世界中 地続き
いつでも会える?
だれにでも会える?
そんなことより
世界中の魚の葬式だー
戦争よりもしかられる
ごめんなさい
えーんえーん
ごめんなさい
お水飲みすぎて
お腹痛いから怒らないで
痛くて可哀想だから怒らないでー
えーんえーん
目から海が出てきてしみるよー
痛いよう
えーん


   ooo oo o


涙で頬が濡れる心配はない
ここは海の底
潤みっぱなしの目に
海底一面の花が揺れる
ように見える
花言葉は知らない
ここでは言葉を伝えるべき
誰かもいない


   oo o oo


死体になる前
欲しかったのはひと匙の海
(本当に必要なのもそのくらい)
そして
海を掬ってくれる小さな匙と
そうしてそれを
口に運んでくれる その指のもちぬし

(おくすりは 飲みすぎると 毒になるのよ)

冷たい金属で
くちびるに触れて

でももう手遅れ
海を飲みすぎてしまった
おへそに蛇口でもついていればよかった
それも気休め


   oo oo


仰向けの光に憧れて
海に吸い込まれていく反作用
憧れが深いほど
私は波にのまれてく
遠ざかる空はなんて綺麗
思えば思うほど水圧は増す

抗えない力の中にいるという
楽なずるい口実

懐かしい夢を見る
光の中で暮らしていた
ときどきの海に
憧れていた頃の


   oo o


私は本当に死体だったかしら
疑いを口にしようとすれば
声が出ない
まさか本当に人魚だったかしら
咳がつかえ ごぼっと口から泡が飛び出る
それがゆらゆらと海面まで上がっていくのを目で追う
天辺は 光が眩しい
暗い海の底に視線を落とし また泡を吐く
ごぼっ ゆらゆら 眩しい
ごぼっ ゆらゆら 眩しい
それを何度も繰り返して
体中の泡をすべて出し切ると
体はますます重く
やはり死体だったらしいとか
重さを感じるなら生き物かもしれないとか
くりかえし考えて 考えて
眠くもないのに眠くなる
ああ また
夢に落ちる


   o o


私の瞳に空は映っているかしら
天球そっくりの雲の模様や
移ろう光線が
神様
見えますか
祈りの真似事
仮初めでも信仰心の浄化作用

波のレースを編む
美しい指が見えた
思わず伸ばした手を見て
ハッとした
同じ指だった


   o


死体は
ふやけた体をつまみ捨て
自らの浮力で
海底から放たれる
ふわり ふわり
ゆっくりと
くらげは
泡より意思を持ち
やわらかに水を蹴り
天辺の光の窓に向かって
魚は
加速を覚え
まっすぐ泳ぎ始める

パリン

窓を破り
風を切って
飛魚は
ピンと羽を広げ
海面を数回弾いて
重力を裏切り
鳥は
空へ飛ぶ

夢だった
眠ったふりをしてみる夢に飽き
鳥は
夢を行い
夢を覚ます

現実となった空の
身を切る冷たさが好ましい
鳥は夢を見ない
再び死体に還るまで





自由詩 夢見る死体 Copyright RT 2008-07-11 13:43:57
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