創書日和「音」
虹村 凌
「あえいうえおあお」
明日はきっと雨が降るから
どこかに出かけようと思うんだ
そう遠くじゃなくて
どこか電車ですぐいけるような街へ
いつもは持たない傘を持って行くよ
君はいつも持ってる折り畳み傘を忘れておいで
中学生みたいにドキドキしながら
相合傘をさして井の頭公園を通り抜けよう
あえいうえおえお
弁天池に向かって叫ぶ
あえいうえおあお
喉を潰しかけた劇団員の後ろで
不埒な事ばかり考えて
煙草を吸う
井の頭公演の灯りの感覚が遠いのは
暗闇に紛れて口を付ける為らしい
持つ事が嫌いで
いつもは持たない傘を
どうして今日に限って持って出たのか
それに気付いたのが電車に乗る3秒前だったのか
今になっても思い出せない
そんな事を雨音を聞くたびに思い出す
あえいうえおあお
「カシャリカ」
君はするりと服を脱いで
少し痩せ気味の身体を銀塩に焼き付ける
シャッターを切るのは勿論僕では無く
どんな部屋でどんな音の中で
君は切り取られて残されたのか知る由も無い
カシャリカシャリ
ガシャンガシャン
その写真はいつまで残るんだろう
僕は
昔の事だけ輝いてる
そんな暗い毎日を過ごしている
カシャリカシャリ
ガシャンガシャン
銀塩でさえ色褪せると言うのに
カシャリカシャリ
ガシャンガシャン
ちっとも色褪せずに残る
苦痛だとかそういった類
「カシュッ」
喫煙室に行くとまず髪の短い女を探して
そして指に金色のマルボロを探すのさ
ピースと金マルを吸ってた事以外は知らない
喫茶店の隅っこの席で
君は燐寸の軽快な音を立てながら火をつけていた
カシュッ
真横を向いたまま
雨音にかき消される程弱い視線でずっと見てる
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