[入水]
東雲 李葉

小さな画面の中には一面青い海の画像。
どんなに両手を伸ばしても手に入らないものなどいくらでもある。
写真の君は笑ったまま。動かず話さずこっちを見て。
僅かに残った記憶の中だけ、褪せた校舎と茶色い髪。
誰よりも、あの頃世界中の誰よりも。
なんて、言葉は無力なんだろう。
いいや、私は無力なんだろう。
少しずつ皮が剥がれる音がする。
けれど中身は見えてこない。玉ねぎみたいにらっきょうみたいに。
もしくは緑のピーマンみたいに何の中身もないかもしれない。
つまらない人間だ。こんなに長く生きてきたのに。
168792時間。10127520分。607651200秒。
全部全部無駄だった。
そして今、全部全部無駄にしている。
明日なんて来なくていいのに。
明け方4時、期待は明るく裏切られる。

水の音が好きなんだ。
ペットボトルに水を入れ優しく上下に10回振る。
さかさまの頃に還れるような、そんな期待は勘違い。

海の画像は動かない。
青いまま、ただ遠く澄んだまま。
私は両手を伸ばし続ける。欲しいものも分からないけど。
分かっていても言えないけど。
だって誕生日もクリスマスも誰も何も持って来ないから。
黙って両手を伸ばしているの。誰かにこの手を握ってほしくて。
部品でもいいから組み込まれたくて。
振り回されたくて接触したくて。
あああああ、

光が、あんなに、遠い。
青が、こんなに、近くに。


自由詩 [入水] Copyright 東雲 李葉 2008-07-07 04:00:52
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