コップ
アンテ


喉もと
鏡で位置を確かめる
思い描いた真っ直ぐなラインに
鋸の歯をあてがい
両手で柄を握りしめて
鏡に写ったわたしが
ゆっくりと押す
引く
ずうう
細胞が裂ける
肉が千切れる
ずうう
わたしの首を
金属の板が分断していく

コップに入れた水が
夕方には減っているように
わたしだったものが
少しずつ
わたしではなくなって
空っぽになった時
死は自然に訪れるのだろう
漠然とそう思っていた
時にはコップが倒れて
水がこぼれてしまうかもしれない
けれどどうせ水は蒸発して
跡形もなくなるのだ
だれかがコップを起こしたら
こぼれた事実さえ残らない
なにも残らない

神経が切断されて
身体をコントロールできなくなる
ずうう
背骨が切断されて
頭がぐらぐらする
ずうう
切り終えた反動で
頭が転がりおちる
叫んだつもりなのに
声が出ないのは
喉が裂かれてしまったせいだ
身体が右往左往し
危うく頭を踏みつぶしそうになる
投げ捨てた鋸が
頭のすぐ傍の床に刺さる

凍らせてしまえば
コップから取り出しても
水はコップの形状を保ちつづける
別のコップに入れると
最初はしっくりこないけれど
すぐに溶けて
なにもなかったように底に溜まる
蒸発した水は
時にはコップの表面で冷やされて
また水滴にもどるだろう
それがもとのコップかどうか
だれにも判らない

身体はようやく頭を見つけて
両手で拾い上げる
高く掲げる
首の断面から
一滴 また一滴
わたしがこぼれ落ちる
床に広がって
わたしでないものに変わる
頭が空っぽになって
空洞をミネラルウォーターできれいに洗って
身体はぎこちない動作で
首の断面を重ね合わせる
じっと押さえていると
身体と頭がもとどおりに繋がる
試しに発声すると
あー あー
すこし嗄れた音が出る
鏡で確かめると
首にうっすらと赤いラインが残っている

床に足を投げ出して座り
コップの水を飲む
肌にじっとりと汗が浮かぶ
死んだ身体は
なぜ二度と人にはなれないのだろう
コップを壁に投げつけると
小さな破片になって散らばる
中身が空っぽでも
形さえ保っていれば
コップはコップだ
耳をすませると
身体の内側を循環する水の音が聞こえる
生きているのだろうか
判らない
死んでいるのだろうか
判らない
鋸に手をのばす
赤いラインが
身体のあちこちに残っている



自由詩 コップ Copyright アンテ 2003-09-11 01:11:43
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