ショートショート/花びらと仔犬
いすず

花びらと仔犬

ある時、僕がお散歩に行くと、花の中で仔犬が眠っていました。
ここちよさげにすやすやと眠っていました。
僕はそっと見詰めて、去っていきました。

それから僕は、散歩中にその仔犬のところへ寄るのが日課になりました。
仔犬はいつもお花の中で、心地よさげに眠っていました。
ときにはかた耳を垂れて、かわいくまるくなりながら。

ある時、僕が立ち寄ると、仔犬は起きて、目を覚ましていました。
こんにちは。僕はあいさつをしました。
お花が枯れてしまったの。
仔犬がかなしそうに、しっぽを垂れていいました。
お花が咲いてる時間だけ眠れるの。だからもう、眠れないの。

君は眠りたいの?
お花の中でしか、眠れないの。
仔犬はくうんと、僕を見ました。

仔犬はきれいな、つぶらな目をしていました。
僕が犬だったら、恋してしまうくらい。

仔犬のいったことは、おへんじにはなってないけれど、僕はかわいそうになりました。
それと同時に、仔犬とおともだちになりたいと思いました。

僕は、立ち上がりました。
眠れるようにしてあげたら、仔犬はまた、僕を忘れてしまうかもしれない。
僕はそう考えました。でも、それ以上は考えずに山道へ飛び出しました。
森へはすぐでした。
森の中のお花畑で、ありったけのお花をとってくると、姉にもらったプリザーブドになる薬を
家から持ってきて、花びらに処理をしました。
仔犬はふしぎそうに、でも、ぱたぱたとしっぽをふって、興味深げに見ていました。

僕はいつものところに、お花を敷き詰めて仔犬を呼びました。
このお花は枯れないからね、ずっと咲いてるよ。
ありがとう、と仔犬が言いました。
花びらをあげようね。
僕が花びらを掛けながらそういうと、仔犬が目をとじてこたえました。
花びらいっぱいちょうだい。

僕にはしてあげられることはそれくらいしかありませんでした。

仔犬は目を閉じて、すやすやと寝入りました。
その苦しみのない顔を見ていると、僕はかなしみで胸がつぶれそうなのでした。

花びらいっぱいちょうだい。
無邪気にいった仔犬のよこがおがうかんではきえました。
その願いをきいてしまったら、二度と会えなくなるかも。
それでも、それをきかずにはいられませんでした。

僕は手を伸ばせば届きそうなところで眠り始めた仔犬に、いちども触れることもないまま、そこを去りました。

仔犬は今日もお花の中で眠っています。    〜Fin〜

by YUE  


散文(批評随筆小説等) ショートショート/花びらと仔犬 Copyright いすず 2008-06-27 21:57:02
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