文章表現をもっと自由に行いたいんだ
影山影司

 天空から地表にまで続く螺旋階段を一段一段辿って下る。
 錆びた鉄版にしか見えない踏み板は、実際、電気の通う生きたシステムである。
 また一歩、寒、と音を立てて爪先立つ。すると踏み板に若草色が灯る。正解だ。


 大昔の民族儀式に『乾いた山の人』というものがある。
 若者が一人、水や武器はおろか、衣服や靴に至るまで全てを剥ぎ取られて部落から少し離れた褐色の土と岩で構成される禿げ山を昇る。山は険しく長い。日照りは容赦なく体力と思考を削ぎ落とし、血と汗が体を汚す。
 飢えと渇きがひたひたと近づき、陽が傾き始めた頃に儀式は佳境を迎える。
 そこまで一つだった道が、急に三本に別れるのだ。
 安静の道。苦渋の道。死活の道。とそれぞれ呼ばれている。
 安静の道を進むと、先には魚のいない泉がある。泉の水には金属が溶け込んでいて、渇きに負けた者は安らかな眠りを迎える。苦渋の道を進むと、尖った砂利が散らばる道を歩かされる。よじ登る岸壁もまた、皮膚を掻き破るように細工されているのだ。体力も精神も消耗して血に伏せれば、苦渋に満ちた最後を迎える事となる。
 死活の道とは、道であって道ではない。鉈で切り下ろしたような壁のことだ。強靱な体力で壁を登り切るか、力尽きて落下、死ぬか。

 生き残れる道は安静の道と死活の道だが、死活の道を生き残った者だけがその世代の長となる。逞しく苦しみに負けない人間が儀式によって作られるのだ。


 文明がどれだけ発達しても、人は根底に同じものを抱え続けているのだろうか。
「T」「A」「G」「C」
「G」「G」「T」「A」
「C」「T」「A」「G」
 一言呟くに従い、一段下る。
 「T」ならば踏み板の右端へ。「A」ならば中心寄りの右へ脚を落とす。その度に踏み板は正負を判断し、正しければ若草の灯りで答える。間違えれば、無言だ。そしてやり直しは効かない。この階段は下ることしか許されない。例え泣きながら引き返したところで、無慈悲に閉じた扉が開いて街へ戻ることなど許されないのだ。
G
 C
  A
   T
 C
 C
  A
   T
G
  A
   T
G
   T
  A
 C
G
 C
G
 C
  A
   T
G
 C
  A
  A
  A
  A
   T
G
 C
G
G
  A

 寒々とした風の音。金属音。踏み外せば死ぬ高所。
 鉄の香り。明滅する若草ライト。近づく地表。気のせいだ。
 どれだけ降りても、果てしなく長い道は続き続ける。
 続く事を続けて続きを継いで続く事だけを続ける。
 陽が昇って落ちる。明るくなって暗くなる。
 頭脳の奥深い部分を消耗していく。感覚が無くなった脚を制御することの難しさ。

   T
G
G
  A
 C
   T
   T
  A
 C
  A
 C
  A
   T
G
 C
 C
   T
G
G
   T

 夢想する。
 地上に住めなくなる事を誰もが予想して、予想の的中によって死んでいった人々の事を。生き残った、本当に一握りの人々。空へ飛び立ちもせず、青い空の下で生きたいと願った人々よ。

G
 C
 C
  A
  A
 C
G
  A
  A
G
   T
  A
   T
G
   T
G
G
 C

 狭苦しいコロニーを天空に作り、まるでビー玉のようなそれは理想的な世界だった。人々は復興できないほどに傷つくことで、世界を構築できたのだ。

G
   T
G
  A

 人とロボット。コロニーはシンプルに出来ている。生きていくだけならば、完璧だったろう。ロボットが服を縫い、人がそれを来て、ロボットが作物を育て、人がそれを食い、ロボットがロボットを修理し、ロボットが人を癒した。完璧だったのに。人はハッチをこじ開けて、一人、また一人と街から去った。

 C

 完璧なだけでは駄目なのか。

  A
   T

 遺伝子を模した螺旋階段を下る。かつて多くの人が辿った道。

G
 C
G
 C
  A
  A
 C
   T

『三分五厘:情報取得完了 生体化:開始』
 若草色の光が伝播する。体表を伝い、遺伝子情報に従って私の体を作り替える。
 街へはもう帰らない。
 人として生きたいんだ。


散文(批評随筆小説等) 文章表現をもっと自由に行いたいんだ Copyright 影山影司 2008-06-27 05:07:39
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