仕掛絵本
Rin K
静脈を流れていった
幾度かの夏がありまして
網膜に棲みついた
((ただそれだけの))海があります
無人の駅舎―――ああ、思い返せば
入り口でした この仕掛け絵本の
?
カラカラカラ
鳴くかざぐるま
哀しいか
愁しいか
―――「父は鉄塔のような人でした」―――
ふうっとため息をついて
あなたは風をつくる
?
だらだらと坂を下って
ぬるい空気は今日も穏やかです
ふるさとの話をしましょう、いや―――あなたには
ここより荒い海があったとだけ
しおはまの町にはいまも老女がひとり
煮干に背を向けて茶をすすっているでしょう
私は告げねばなりません
裏庭にいた案山子の面は
東京で見失いましたと
だらだらと坂を下って
今日はいつになく穏やかです
陽射しが欠伸をして
あなたの影をつくる
?
貝の欠片が言いました
わたしも月でありたいと
貝の欠片が言いました
わたしは雨を知らないと
貝の欠片は色白で
あなたのようでありました
波打ち際で弄(あそ)ばれる
右のちいさなサンダルは
目を閉じる間に貝となり
寡黙な夜に消えました
浜辺に風が吹き
胸の糸がもつれる。
寂しかった。
絵本の海は黝く
―――もちろん私のほかに栞などはない。
厚いページに圧迫される
カラカラカラ 鳴くかざぐるま
しおはまの家に
茶をすする音
あなたをさらった波が
夕べは高く聴こえます。