森のバイオリン弾き

静かな森の夜
美しい花々の庭を通り
白い砂利道を歩いてゆきますと
古びた像の前へさしかかり
ひとすじの風が
私の耳に何かを運んできたのです

はっきりとした意識はありませんが
ぼんやりと見ているだけでも
その様子は目に浮かぶようでした
眠れない夜
遊びに行きたくても
遊びに行けないあなたは
やわらかな夜の中で
あなただけの空気を作り出していたのです

それは素晴らしい歌でした
夜の中へと放たれてゆく小船のような
穏やかでゆらゆらと揺らめく
優しいゆりかごのような
何度も辿るその緩やかな
メロディラインの心地良さを
あなたにも教えてあげたくて
私はそっとバイオリンを弾いたのでした


それからというもの
私は夜毎 あなたの庭へ
たくさんの曲を夜空に浮かべて
もしも 大人になったら なんて
照れ笑いしながら話したり
だけど そんなこと
そう長くは続かなかったのです


あれから もう随分が経ちましたが
たとえ あなたがそこに居なくても
私にはわかるのです


この夜の端から端までどこまでも続く星空を
森の木々から木々へと風が通る道筋を


大丈夫
何も言わなくても
私たちは一緒に居られました
見えない友達よ
あなたは今でもそこにいらっしゃいます
そんなに心配しなくても
私は また歌を作るでしょう
見えない友達よ
あなたは私の大切なものを
とても大切にしてくださいました
そして 自分の言葉の大切さを
そっと私に教えてくれたのです


ひっそりと夜に溶けてゆく
悲しみには そっとさよならを告げて
美しく輝く満月の中へ
私たちの思い出はしまっておきましょう



小さな丸い手紙の中に
私の書いた詩がいくつもいくつも
浮かんでは消えてゆくのを
あなたには見えるでしょうか


もちろん 忘れてはいませんよ 
見えないことがとても大切だということも





     




自由詩 森のバイオリン弾き Copyright  2008-06-24 19:31:19
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