在る日
黒子 恭
母は息をとめた。
言葉をひとしきり噛み締めると、
眠るように最後の息を吐いて
彗星の隣を駆け抜けた。
父はまなこの裏側で
時折、不精髭を擦りながら
シャンパーニュの一億に混じり私の喉を鳴らし、
孤独とは何かを教えずに
背中でキャッチボールを試みる。
祖父は戦争の傷痕に
柔らかい草を植えて
その下でひっそりと
雨を吸い込む。
祖母は手を見つめて
溜め息をこぼす前の
私のしゃがれた耳元で
そっと愛を囁き、
それは地球を巡る風になって
今はエジプト辺りの空で
雲を弾き出している。
兄が隣で涙を流し、
哀しみに明け暮れている間に
妹はどこかの歓楽街で、
女になった。
私は私で、
メトロを歩く影のように
今日も誰かを
レールの上に
突き落としている
.