「彼女は無糖派」
菊尾

ぬかるんだ道をそっと渡る。滑ると笑えないからって言いながら。
地面に靴の跡がつく。「この近くで事件があったら疑われるかもね。」
「ほら、また嫌な事言う君だよ。可愛らしいのをリクエストしてもいいですか?」
「・・・わっ!見て見て!なんだか地面がチョコレートみたいだよ!」
「よし。型に流し込もう。」
「靴の裏側の形をした型に。」
「それを警察に提出するよ。」
「なんであたしを捕まえようとするの。」
地面を見ていた彼女が真顔でこちらへ向いた。
「つ、罪深いから?」
「何罪で。」
「・・・よし。歩こう。」コンクリートの道に入る。
「ねぇ。何罪で。ねぇ何罪で。ねぇ何罪で。」
足早で歩き離そうとする。あわよくばさっきの会話も無かったことにしようとする。
「待ってよー!ねえ!待ってええええ」
そう叫びながら走って追い抜いていく。
「誰に向かって言ってるん。テンション上がったんだな。」
「心理をついてこないで。そして置いていかないで。」
「今はこっちが置いて行かれてるよ。」

天気は曇りで波が高い。
冬の海は誰もいないし海風で頬が痛い。
小走りに行って帰ってきた彼女の手元にはコーヒーの缶。
「あれ?一人分だけ??」
「何調子に乗ってるの。あたしが行く前に言わないからこんな目にあうんだよ。」
これは恐らく冗談なんですが決まって真顔で言うため少し怖く感じる。
「ああ、そ、そう。じゃ、、買ってくるっす」
しっかりと握られたコーヒーで両手を温めて口をつけようとしない彼女は
思いっきり無視して海のほうを見つめている。彼女は無糖派。舌が渋い。
仕方がないので小銭あったかな?なんて思いながら急ぎ足で向かおうとした矢先に
「ほい!」と後ろで大きな声が掛かる。
振り返ると長細いコーヒーの缶が宙を突き抜けてくる。どストレート。球速が速い。受け取れずに落としてしまう。
「へーたーキャッチャー失格だね」
「いや無理でしょ速いし。それにほい!っていう掛け声と合って無いよねこの速度って。」
「それよりもお礼は?」
「う、、ありがとう。」
「礼には及ばないわ。後で身体で返してね。」
「君さぁ、たまに直球のエロスをぶつけてくるよね」
「だってそれぐらい言いたいじゃない?普段言えないんだから。面白いでしょ?意外性があって。」
その時海風が強く吹いて彼女の背中を押した。
「おおっと。」
「海につっこまれたね。」
「しかも後ろからね。いやん。」
「あのさぁ・・・」
「はいはい。こっち来てこっち来て。呆れ顔なんて似あわない似あわない!」

歳が一つ上の彼女とこの一年の間に何度海を見たのだろう。
初めてのデートもこの海で、まだなんかぎこちなくて遠慮とかあって
今みたいなふざけ合いも出来ないで、それでもなんとなく、この人とこの先一緒に生きて行く事になると
確信めいたものをどこかで感じとっていた。あの日も隠れたくなるぐらい寒い日だったっけね。
きっと独りで生きて行くんだろうなと思っていた。
誰にも理解なんてされないで、それも仕方ないかなって諦めていた。
そんな自分を受け入れてくれたのは彼女。認めてくれたのは彼女。
お互い感情的になってしまう悪い癖で何度も喧嘩をしてこれからもきっとそうで、
けれどその度にお互いの距離が深まっていった。
それはいつも最終的にはお互いの価値観を認めることができたから。
二人とも昔に比べて丸くなったよねって若者っぽくない事を最近では言っていたりする。

「髪伸びたね!」
防波堤沿いを並んで歩く。この海には砂浜がないのが残念。
「ああ、切ってないからねー。伸ばしてるわけじゃないんだけど。」
「あたし切ってあげよっか?」
そう言いながら人差し指と中指でチョキチョキと切る動作。
「いいよ!ばっさり持ってかれそうだもん。」
「そしてその髪を藁人形に結びつけて毎夜呪ってやる。」
と、真顔では言わずに海の彼方を見つめながらつぶやく。
表情が分からないからリアルに怖い。つぶやいているし。
「ちょ、ちょっとさ、そういうのは冗談だよ?ってのアピールしながら言ってよ」
「もし、、冗談じゃ、な・か・っ・た・らあああああ!!!!!」
キィエエエエと叫びながら自分の髪を両手で広げて怖い顔をする。
「ねえ。やばいよその顔。何そのオチ。雪女?」
「・・・最初は怯えるくせに限界を越えると冷たいよね。飽きたの?」
「いや飽きて無いけど」思わぬ言葉に笑ってしまう。
「あたしに飽きたの?ねえ!はっきり言ってよ!好きって言ってよ!」
「だから何その展開!何ドラマ?もーね好き好き。すごく好き。」
「じゃあ証しをここにして頂戴。」
と、自分の頬に指を指す。
「いいよ。」
軽くキスをする。
「いひひ」と満足そうに笑って彼女は
「じゃあお返しに」と同じ事をされた。
手を繋いで真っ直ぐ歩く。飲み終えた缶コーヒーを片方の手に持って。


「あのさぁ前から思ってたんだけどさ」と切り出す彼女。
「何?」と切り返す。
「そのグロスどこに売ってんの?ほんとは気付かない間に一緒のにしようとしてたんだけど
全然見つからないんだよね。あと香水。いいよねその香り。」
知らぬ間にペアにされようとしていたらしい。
「ああ、グロスはね会社の人に貰ったの。なんかフランスのだってよ?よく知らないけど。
香水はつけてないよ?多分シャンプーとかじゃない?」
「ふーん。シャンプーの匂いって感じじゃないんだよなぁ。」
「何?体臭ってこと?あ、フェロモンかな?私にもそんなものが・・・」
「調子に乗るなよ。この幼児体型。」
「え・・・そりゃ胸はないけど・・・」
「・・・ ・・・ ・・・」
サッと素早い動きでしかも無言で胸を触られた。
「ちょっとおおおおお」
「減るもんじゃないんだしいいじゃんいいじゃん!」
「君はさぁ大きいからいいけど小さい人の気持ち分からないでしょ?!」
「ええ?そんな事言ったらこっちの気持ちだって分からないでしょ?
肩こるし可愛いブラあってもサイズ無くて買えないこととかあるんだからね!」
「・・・どっちもどっちか。」
「そうだよ。で、どうする?触る?」言いながら胸を突き出す。
憎らしいから触ろうと見せかけて脇をくすぐる。
「ちょっとちょっとごめんごめん、まじ無理!脇弱だからあたし!」

ケラケラ笑いながら私達は歩いている。
波みたいに寄せては返してそんな日々。
私は彼女が好き。性別なんてちっぽけなものだと彼女に出逢って気付かされた。
今度、指輪でも買いに行こうかなんて相談している。
うんと可愛いやつで、でもシンプルなものを買おうよ。って。


散文(批評随筆小説等) 「彼女は無糖派」 Copyright 菊尾 2008-06-13 19:52:24
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