薄明
きりえしふみ

(たった) ひとつの恋が終わった
幻のような希望(ゆめ)だった
輪郭のない花のように 靄のかかった
触れても 最早響く筈もない……時代錯誤の旋律のような それは
調律師の手元離れて久しい 幻影だった

言葉として発せられる前に喉元で……絞め殺されていた
文字として浮き出る前の……筆者の躊躇いで止まった
形にならない手付かずの寓話だった

風が止んでいる……光が 躊躇している
寝乱れた髪 青ざめた頬に 朝の
冷ややかな唇を押し付ける その たった一瞬を

 私が余りに穏やかな寝息を立てて夢の中へ
 身を寄せるから……浸るから
 紅い甘い 薔薇色の花びらの褥で安らうから……その中で余りに
 綺麗で艶やかな夢を織るから 淡い吐息の更に下の方で 余りに淡い夢を描くから……朝は……

『けれども もう 夢は終わったのです』

ひとつの恋が終わった
雨音の小さな漣の元で
……チクタク……チクタク……
時計の針は 午前零時を描き終え
宴の終わった大広間で シンデレラは……王子を持たない眠り姫は
夢の名残の接吻に 暫し 微酔い気分でまどろんでいた……それでも

『夢の続きは夢の中であっても……もう 語られない……描かれないのです』

たった一人の 指先……それだけを 以ってしては

(c)shifumi kirye 2008/06/05


自由詩 薄明 Copyright きりえしふみ 2008-06-05 17:32:10
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