実験的な文章を多用するなとショートショートのカミサマは仰った。
影山影司

 お母さんへ。
 手紙を書ける時間はそんなに無いですが、暇を見てはこれを書いています。家族からの手紙があれば、その日一日爆発音の響く塹壕の中に立てこもっていても平気ですが、手紙がなければ暗い気持ちでドロにまみれなくてはいけません。
 お願いですから毎日僕宛に手紙を書いてください。
 例え届かなくても、毎日手紙を楽しみに出来るだけで、僕は生きていけるのです。

 僕も書けるこ(検閲により墨で塗りつぶされる)が書き続けようと思います。


 お母さんの作った朝食が食べたい。


 先日、僕は小隊を組んで任務に就いていました。(墨塗り)の密林で、砲兵と共に行動していたのです。パラパラと旧式ヘリコプターの駆動音が聞こえました。もしかしたら偵察かもしれません。私は迅速に砲兵に命令、攻撃を実行致しました。鎧袖一触の装甲は爆発に耐えられるわけもなく、一撃にてヘリは急降下しました。
 ひるひると落ちるヘリを、私達は追いかけました。というのも、操縦兵が生きているのであれば捕虜とする必要があったからです。途切れ途切れ木々の隙間を縫い、走る間にヘリは様々なものを落としました。火の粉というには大きすぎる塊、装甲の一部、煤や灰、そして何より驚いたのですが、大量の荷箱。観測兵が指を指して言いました「操縦兵です。荷を、切り離しています」と。見るとなるほど、操縦兵が黒煙の中でナイフを振るい、縄で縛られた荷を解いていたのです。戒めを解かれた途端、箱はドスンドスンと枝枝を断ち折って落下しました。八割方荷が無くなった頃でしょうか。
 ヘリは爆発しました。四散してしまいました。ピカッと光って、当たりに鉄屑とオイルやガソリンの臭いをばらまいて、墜ちてしまいました。

 人間とは不思議なものです。大勢の人間が同じ軍服に身を包み、隊列を組んでいればそれを撃ち殺すことになんの抵抗も憶えません。ですが、一人の人間として、必死に任務を遂行しようとする姿を見ると……。相手と、自分、何が違うのだと考えてしまいます。友軍を助けるように、私は操縦兵を助けようと必死に駆け出しました。




 続きです。その後、私達は墜ちたヘリの元に辿り着きました。黒煙はもうもうと立ち上り、幸い私達の陣地付近だったので、途中で落とされた荷を含めて全てを回収できました。残念ながら焼け焦げた遺体も……。


 彼、操縦兵は一体何がしたかったのでしょうか。
 ガソリンの臭いは、まだ僕の鼻にこびりついています。
 落下するヘリの断末魔じみた爆音も……。
 ところでそろそろそちらではクリスマスシーズンでしょうか?
 しかしこちらは雪はおろか、気温三十度を下回ることもマレなのです。
 たとえクリスマスだからといって手紙を欠かさないでください。
 荷物の間に挟まっているメールバックを開く度に僕達兵はドキドキします。
 物々しい兵士達が手紙ごときで一喜一憂するのが可笑しいですか?
 はげしい戦地では何気ない平和の香りが一番大切なんです。

 手紙を、欠かさないでください。
 紙きれ一枚で良いんです。
 だから必ず忘れないでください。
 つかれて眠る前に、僕宛の手紙を書くことを。

 たたかい、這いずり回り汚れている僕のことを思ってください。
 家に帰りたいという気持ちを必死に堪えて、生きていけます。
 やむことのない銃声を聞きながらでも手紙を読んだ後なら眠れます。
 子供達は元気でしょうか?
 のどかな故郷のことを思い出します。
 いつかきっと写真も送ってくださいね。
 留守の間、僕の部屋をよろしく頼みます。






 上記の文章は、***軍陣地上空を飛んでいた貨物機に積まれていた手紙を写し取ったものである。何故、わざわざ危険地帯である敵陣地上空を横切って手紙を運搬していたのかは今日まで明らかにされていない。
 なお、貨物機を撃墜されたと知った@@@軍指揮官は、有名な演説『家族との絆』を行い、兵士達を鼓舞したという。
 曰く「軍の最高の兵器とは航空機でも戦車でも火器でも無く、諸君らである。君達には帰るべき場所が、待つ人々が居るのだ。かけがえのない諸君らのオイル、疲れた心を癒すパーツとは、家族の絆であり……」


散文(批評随筆小説等) 実験的な文章を多用するなとショートショートのカミサマは仰った。 Copyright 影山影司 2008-06-05 03:25:37
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