希望的妄想と邂逅
秋也

君は岡本太郎氏の『明日の神話』を前に
たった一人で写生している子供がいるとして
男の子であって欲しいと思うか
それとも、女の子であって欲しいと思うか
僕はどうしても
その子供は僕であって欲しい
性別はどちらにしろ
子供が絶対的に僕であって欲しい
致命的なことにしろ
それが総てということだ

アダム・ペインド・ダラー曰く
人に運命があるならば、人は行くべき場所に必ず辿り着ける

つまり子供は迷わず『明日の神話』に出会い
熱心にわくわくしながら写生しなければならない
なぜなら子供は性別云々の前に僕であって欲しいからだ
間違っていることだとしても
自身でなければ困る

だから誰もいない岡本太郎氏の『明日の神話』の前で
涙を溜めながら
鼻水を垂らすのを我慢して
「君はすごい」と
いるはずのない子に向って声をかける

アダム・ペインド・ダラー曰く
人は「だれも気づいていない」と浮かれる時こそ、ありきたりの過信に溺れている

人生とは一様にそんなものだ
僕も、子供も、太郎氏も、行くべき場所へ必ずおさまるのだから。


自由詩 希望的妄想と邂逅 Copyright 秋也 2008-05-31 02:13:40
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