「五月」
Utakata







若草色に綴じこめた瞼のうえから
わずかに身をのりだして夜明けを待つ
もう 冷え切った息を止める必要もない
もう
五月だから

去年の金魚
紅い軌跡を残したまま闇に溶ける
それを掴まえるはずの左手が
角を曲がる音の中にほどけてゆく

さよならの言葉を
ひとつひとつ丁寧に封筒に詰めては
紙飛行機の形にして空に飛ばす
そんな仕事
地面に落ちたそれを拾ったら
開いて読んでくれればいい
読んでくれなくたって
べつに構わない

そんなだから
涙の流れる必要もない
流れたって
べつに

記憶
投げ込んだそばから拡がっていったのを
待ち受けては一つ一つ丁寧に細かく刻んでゆく
別れの言葉なんて
あざけりとか
ののしりとか
そんな風にして言うものだと思っていた
いつだって
どこか怒ったようにして吐き出すべきものなのだと


街路樹が風の中で小さく笑う
さっき踏切が閉じて開いたので
次の電車が来るまでに あと二時間はかかる
レールに足を乗せては慎重に一歩ずつ踏み抜いてゆく
「このまま本当に遠ざかれればいいのに」
意味を持たないまま風に乗って消える

運動場の乾いた地面に
くしゃくしゃになった紙飛行機が落ちている
みんな角を曲がって駆けてしまったので
それが担う言葉がなんだったのか誰一人知ることもない

五月
さよならの色は
柔らかな薄緑色をしていた



自由詩 「五月」 Copyright Utakata 2008-05-27 13:04:44
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