今夜みる夢
よしおかさくら

 久しぶりに夢を見ました。半年振りです。あんなに良い夢は滅多に見れるものではないと思います。だけど私の場合、夢の中に出てきた人をそのまま置いてきてしまうことがあるので、反芻しておかなければいけません。

 まず、確かあのひとが出てきました。いつも笑っているあのひとです。名前が思い出せないのですが、とりあえずは「あのひと」としておきましょう。外には雪が降っていて、窓から見ていても、とても綺麗に見えました。見ているだけでは物足りなくなってきて、私はあのひとを引っ張って、雪の中に出て行きました。そして、落ちてくる雪のひとひらを見上げていると、風が吹いてきて、なぜか桜の花びらに変わっていくのでした。いつの間にか、身長の十倍くらいありそうな桜の樹が、私とあのひとの周り中に立っているのでした。呆然と見上げていると、風に飛んでしまった私の帽子を拾って、あのひとは花びらを拾い集めだしました。覗き込むと、落ちてきた綺麗な花びらだけを選んでいるようでした。しばらくして帽子が花びらでいっぱいになると、あのひとは私を芝生に座らせて、その上にひらりと帽子をひっくり返しました。花だらけになった私を見て、あのひとは大笑いするのでした。前の日に私が同じことをしたのを覚えていたようです。だけれども、前の日に私のしたのは少ない花びらをひらひらとしてあげただけだったのに、あのひとは繰り返してそのいたずらをするのでした。花びらを取ろうと髪の編んでいたのをほどくと、風が髪をさらさらと梳いていきました。陽射しが強くなったので、帽子を返してとあのひとを見ると、先ほどより背が伸びているようでした。あのひとは帽子を差し出して、けれども私を見下ろしたまま、じぃっとしているのでした。涙ぐんでいる、大人びた目でした。真面目な顔をしているあのひとを見るのは初めてだったので、思わずその目に吸い込まれるように見詰め合っていると、頬に雨が降りかかりました。雨脚は激しくゆっくりと近づいて来ました。あのひともすぐにそれに気づいて、私を木陰へと促し、寒くないかと聞きました。私は寒くないと答えましたが、体ががたがたと震え始めました。あのひとは何も云わずに上着を掛けてくれようとしたので、私はそれを押し留めました。あなたが寒くなってしまうでしょう?そう云うと、あのひとは君の方こそ、唇が紫色だと云い、ついに私の肩を抱きすくめたのでした。あのひとの頬が確かめるように私の頭に触れました。背中が覆われて温かくなり、私たちはそのままじっとしていました。そのうちに雨音が止み、その代わりにかつんかつんという音が聞こえました。木陰から出てみると、遠くに星が落ちては地面に当たり砕けて、音を立てているのでした。寒さに固まって落ちてくる星の光と、弾け飛ぶ光を見て、あのひとは破片を拾おうと探しに行きました。私は小屋に戻り、あのひとの好きなコーヒーを淹れて、待っていました。あのひとの帰って来るまでが寂しくなって、もう一年近くも一緒にいるのだと気づきました。ドアの開く音がして、あのひとの笑顔が覗きました。両手いっぱいに星の欠片を持ち、嬉しそうに見せてくれました。齧ったので食べられるものなのかと慌てると、甘いようでした。あのひとは椅子に座り、私を膝に乗せてコーヒーを飲みました。それからそっと口づけをしました。唇を離すと、眠いと云いました。眠り薬でも入れたのかと、私の髪を撫でながら云うのでした。

 やっぱりあのひとを夢の中に置いてきてしまったみたいです。今夜、連れ戻しに行かなくてはなりません。けれども、あのひとは目を覚ますでしょうか。もう一度、口づけをしてあげてもいいのですが。――あのひとは、誰なのでしょうか。


散文(批評随筆小説等) 今夜みる夢 Copyright よしおかさくら 2008-05-15 13:25:35
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