クレヨン
石畑由紀子
英会話学校のパーティで知り合ったバーナードは
JICAの研修生として来日していた獣医のエリートで
扉という扉を開けてくれ
食事のときは女性の椅子を引く
印象的な紳士だった
街のカフェでランチの帰り
助手席から奇妙な呪文が聴こえてくるので
なぁに? と尋ねると
バーナードは胸を張って
僕はひらがなを読めるようになったんだよ
呪文 は呪文ではなく
目に走りこんでくる看板の
ひらがなだけを口ずさんでいたのだった
だけど読めるだけ 意味はわからないんだ
私たちは大声で笑いながら
街じゅうのひらがなを歌いあげていった
の ご はぜひ へ
てんぷらのおおつか
よつば
から まで
六ヶ月の研修が終わって
彼が帰国する三日前
私たちは出逢った記念に
キッズコースのロビーに置いてあったクレヨンで
たがいの顔を描くことにした
小さなテーブルをはさんで
バーナードと向かい合う
大きな体が小さな椅子にまあるく収まっている
くーろ
みーーどぉり
あーかーー
おーぅどーーいろ?
ときどき語尾が上がるので
そのたび意味を教えてやる
はーだーーいろ?
また教えてくれという目で見ている
大きくてまぶしい瞳
私は
言葉につまって
この色の名前はあまり好きではないの、なぜなら
バーナードは
alright, no problem, 肩をすくめ
八の字の眉で
わらった
私は笑い
返せなかった、はじめて
一緒に笑えなくてこわばる口元の私に
ユキコの白い歯を見せてくれ、と
わざとおかしな顔をしてみせる
心優しきバーナード
私の壁にはあの日の私が
はだいろ の肌をして笑っている
南アフリカ スワジランドのどこかの一室に
私が描いた彼の絵は
今も飾られているだろうか
きっとまぶしい太陽の街の
まぶしい瞳
まぶしい
バーナード
心優しき褐色の紳士だった