最期のダンス
因子

君は僕の手首の傷のこともちっぽけな心のこともぐちょぐちょの中身のことも知っているんだ。だから僕は君を信じられない。大丈夫だよと慰める声が嘲りに聞こえる。優しげに微笑む顔がどろりと崩れて醜い満面の笑顔に変わる。“大笑いだわ!”僕は君を好きな筈なんだ。なのに。どうしたら君のことを信じられるだろう?どうしたら君が僕にくれるものが本物で大切なものだと、勘違いでも愚かに盲信できるだろう?

僕の本当を知らない人の笑顔はちゃんとわかるのに僕の本当を知る君の笑顔が怖いんだ。ねえ君本当はこんな僕を嘲笑っているんだろう?
こんなだから僕はいつまでもひとりだ。





僕の躯の中身は空洞なんだと子供の頃は思っていた。首の付け根からお腹の少し下までを内側から覗くと真っ赤ながらんどうで内壁からは樹液のように真っ赤な血が滴っている。その中に胃袋やいろんな内臓器官が果実のようにぶら下がっている。沖縄でみた鍾乳洞のように、それらは滑らかで細かな凹凸を表面に描きつねにてらてらと濡れている。

それらのものが僕の中で熟して爆ぜて種を撒き散らすように血液や細かな肉片を飛び散らせたとき、君は僕を抱いてはくれないんだろう。

僕が弾けたり砕けたり潰れたり折れ曲がったりして最期のダンスを踊ったとしても、誰も血塗れの僕を抱いてはくれない。


僕はひとりでダンスを踊らなければならない。


散文(批評随筆小説等) 最期のダンス Copyright 因子 2008-04-28 03:44:45
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