燃えるものがない/燃やすものがない
五十嵐敬生

燃えるものがない
燃やすものがない

燃えようとする心だけが
かろうじて生き残ろうとするとき
ぼくの指先はペンを握りしめる
ああ白紙には危険な文字が溢れている
白紙を汚そうとするとき
ぼくは文字の奥の血の存在に慄える
すでに書いてしまったことはぼくを狂わせない
ぼくは言葉の使徒ではない!
ぼくは感覚の使徒なのだ!

夢にふさわしい文字を選びながら
ぼくは神のような惨敗者になっていく
ぼくの奥で処刑される数々の解説よ
ぼくの分身よ
ぼくはいつもぼくの極地で狂っていたい

ああ深淵の果てから危険な文字がやってくる
最後の一語がぼくを支配するときぼくはこの世から重心を奪う
世界が歪んでいるのは
ぼくが追いつめられたからだ
時間が気絶し地上が天に墜ちていく
星屑に犯された脳髄よ!
ああ 天空に到達できないために狂うのは道化か!
深遠に起爆剤を注いで
この世の果てに消失せよ!
ぼくの最後の地点が滅亡し
滅亡が不滅を暴きだすとき
疲れた指先に蓄積された苦しみの千時間が
一瞬にしてぼくの爆発を完成し
ぼくは至福を見る

誰かが待っている
正確に待っている
ぼくの思考欠如の
苦しみの
彼方


自由詩 燃えるものがない/燃やすものがない Copyright 五十嵐敬生 2008-04-20 02:56:31
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