妹よ
なかがわひろか
闇夜に咲く花はきれいやね、と言うお前はこんな真っ暗なところで一体何を見ているというのだ、と僕は思うけれど、そうだな、と同意する。お前は満足したようににやりと品無く笑い、また夜道を歩き出す。その足先はいつものあいつの元へと向いているのだろう。何もそのことに対し心臓が何かしらそのリズムを狂わせるというものでもない。少しはある。
川沿いの道はつい先ほどまで降っていた雨との臭いに混ざり合い、むんわ、ぼんやりとした香りをするアスファルト。毎日己に課した単調なるウォーキングコースはいつもと何ら変わりは無いのに、少し早歩きになってしまうのは歩調をお前が口ずさむ音の外れたパンクロックのメロディーに合わせているからなのか。ゴオゴオと流れる川はお前の歌を導くバスドラムの音ならば、僕はどのパートをやればいいだろうと思っているところで、お前はふいに歌をやめたりする。ああお腹いっぱいやろね。意図を知らないその科白は既に意識化されていた僕にとって、驚きは与えないものそれでも無言にならざるは得ない沈黙が数十秒。まとまりのない時代を駆け抜けたところで道沿いに咲き並ぶ桜の木の根が吸い込んだ水分のことだろうとおよその見当をつけ、相槌を打つ。沈黙の、しかし超速回転した脳みそがクールダウンする頃には道は終わり、横断歩道を渡ればあいつの住むマンションの前まで後少し。お前は言い忘れたこともなく二人の夜の散歩ののりしろに何ら感想をもたらさぬまま、たったと白と臭気を放つアスファルトの縞模様を飛び越えて、全くスピードを落とさないままエレベーターまで行くのが見えるものだから思わず慌てそうになる自分を抑えたその反動で僕は後ろを向き、いつも通りのベンチに腰を下ろす。あいつの部屋が何階にあるのかは知らぬ。各部屋の裏窓から漏れる明かりの中で。