aidanico

 薫風馨る五月の窓に
 ぬかるむ畦道を辿る貴方の後姿を見ていました

長い髪を靡かせて振り返ったあなたの口は
手話の解説のようにはっきりと動くのに
何回も繰り返しても聞き取れないのでした

 私にはそれがまるで魔法のように思われました
 私はそのままお伽話のように蛙になっても良い心地がしたのでした

髪の毛が陽射しで栗色に染まるころ、
あなたの傍を背の高い男が歩くのでした
あなたは倖せそうに
噎せ返るような窓にはもう目も向けないのでした

 私にはそれがまるで魔法のように思われました
 私はそのままお伽話のように二度と塔には入れない心地がしたのでした

肩の震える落ち葉のころに、
あなたはその人と遠い所へ行きました
いつか振り返った畦道を
小さな馬車が通るのを
いつまでも何時までも見ていました

 私にはまるでそれが幻のように思われました
 私はそのまま幻の中の年老いた妖精になった心地がしました

池の水が張り詰めて息も白くなるころ、
私は窓が曇るのを
何度も何度も拭きました
もう鳥も啼かないような寒さでした

 私にはまるでそれが永遠のように思われました
 私はそのまま永遠の中で死んだような心地になりました

フランネルの毛布の柔らかさに包まれて、
私はながいながい夢を見ました
いつかの畦道からあなたが手を振って
大きく空に文字を書きました

 私にはまるでそれが寓話のように思われました
 私はそれがほんとうの儘死にたいような心地になりました

聞こえない振りをしていました
窓が、
ぎしぎしと軋む音にも

 私にはまるでそれが何時までも続くように思われました
 私が固く固く目を閉じている限り、
 いつまでもそれがほんとうの儘でいられるような心地がしていました


自由詩Copyright aidanico 2008-04-10 18:50:56
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