はじまりの四月、成就された八月。 ☆
atsuchan69

 一

真夏の昼下がり。
海へと向かう埠頭をめざして
ただ、闇雲に走るのは
未知のウイルスに侵された
一匹の狂犬。

ザー、ザーと耳の奥で
鳴りつづける不気味な雑音。
熱を帯びた鼻と舌の渇きと
脈打つ胸の鼓動とともに痛む、
夢でない世界のざわめき

――八月のいつか。
すでに溶けはじめた日、
アスファルトの直線に並ぶ
病的かつ人為的で規則正しい、
ざらつく肌の不快な記憶。

古い煉瓦造りの建物は
ひどく曖昧な輪郭と、
深みのある影を残して
人々の営みを、まだ残したまま

一塊の夏が
陽炎とともに消えた



 二

あれは滅びの光、
けして夢ではなかった。
そして、君といつか歩いた
桜の咲くポトマック河畔へと
不確かな記憶が、僕を
理性の岸へと連れもどす

――花よ、
――花よ、

散る花の
花びら、
花たちよ

すでに溶けはじめた
夢でない世界の、
一匹の狂犬が
海へと向かう埠頭をめざして
ただ、闇雲に走る



 三

淡い光のなかで
獰猛な、
犬の額を刺した
素早い弓の矢。

転がる狂犬とともに、
夢でない世界が一瞬に消え、
麗しい君と彼は、桜並木の堤を
のどかな陽を浴びながら
まだ、ゆっくりと歩いている

君は四月。
きっと僕は、八月・・・・

見事な枝ぶりの背後に
冷たいオベリスクが聳え、
すれ違った僕たちの
新しい月日に
もはや戻り道のない
別の恋がふたたび始まる



 四

――しっ、
押しよせる大波から逃げる
数知れぬ痩せた野良犬たちが
暴動と殺戮をつれて
ただ、闇雲に走ってくる

それは、きっと夢だ
君といつか歩いた
桜の咲く平和記念公園へ
疑うべき記憶が
僕を現実へと連れもどす

すでに現れはじめた
数多(あまた)の餓えた犬どもが
新しい戦争をひきつれて
ただ、闇雲に走ってくる

八月の、煌き
狂った朝顔の燃える真昼
激しく交わす酷く苦い味の、
呪われた愛の口づけ

黒焦げになった身体の
――しっ、
焼け爛れた肌の誰とも知らぬオマエ
桜咲く、ここは四月。
アナコスティア地区のどこか

そして高層のビルから降る
千切れた緑色の紙吹雪、
風にそよぐのは
夕べ殺された女の髪

ああ、今日も
沢山の死。

誰かがそっと置いた
鞄に詰まった
血だらけのシャツに
包まれた生首

――ここは、四月のナショナル・モール?
――いいや、ちがうよ。

何もかもが一瞬で消えたのだ







自由詩 はじまりの四月、成就された八月。 ☆ Copyright atsuchan69 2008-04-05 07:44:02
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