「 ぼくらのつめたい亡命都市。 」
PULL.







一。


 この街ではつめたくて、誰もが当然のような顔をして、歩いて、いる。ぼくらは他人のふりをするのが得意だから、みんなすぐに誰かに成り切って、誰にも知られないように、暮らして、いる。
 誰も、誰が生きているのかも知らない。朝、知らない誰かがひっそりと通りの片隅で倒れて、いる。そうしてぼくらははじめて、ぼくら以外の誰かが生きていると、知る。




二。


 この街では配給は週に一度、白地に赤く染め抜かれた広場で、ある。ぼくらは誰に教えてもらうこともなく、集まり、列ぶ。ぼくらは礼儀正しく生まれついたものなので、誰も列を乱さず一直線に、列ぶ。みんなこころの中では誰ひとり、列びたくはないのだけれど、この街では誰もが亡命者で、もうどこにも亡命することができないヒコクミンだから、みんな誰ひとり、これ以上ヒコクミンにはなりたくなくて、黙って、一直線にどこまでも、列ぶ。
 ヒコクミンの列は誰も喋らない。みんな誰かが喋り出して、それを誰かに密告しようと、誰もが黙って、待って、いる。




三。


 ヒコクミンは喋らない。だからヒコクミンはヒコクミンの声を、知らない。




四。


 時折、空を鳥が渡り、紙が落ちてくることも、ある。が、誰も、誰かの見ている前ではそれを、拾わない。配給の終わった後、誰もいない広場の影から、眼を、きつく閉じて、誰いうことなくみんなで列になり、ひとりずつ、誰にも見られないように、拾い。誰にも読まれないように。
 読む。
 紙には懐かしい祖国の文字で、こう書かれている。

『冷蔵庫に亡命した雪だるま王様気取りで暴動近し。』




五。


 この街ではつめたくて、誰も涙を、流さない。涙を流せば瞼が凍り付き、二度と、開かなく、なる。眼を失ったヒコクミンはもう、この街のヒコクミンでは、ない。ヒコクミンでなくなったコクミンは、穴に、捨てられる。穴は街の臍にあり、そこからはいつもつめたい風が、吹いて、いる。
 コクミンは誰に引き立てられることもなく、ひとり、穴に向かう。つめたい風の吹く方へ向かって、街の中を、向かう。ヒコクミンたちはみな目をつむり、誰も、何も見ないように、だけどでも誰も、何も聴き逃さないように、その時を、待つ。
 穴に着く頃には、コクミンは全身が凍り付き、この街のものではなくなって、いる。一歩一歩、音を立て、つめたい地面に張り付く脚を引きはがし、コクミンは穴に、近づく。近づくほどに穴から吹き付ける風は、つめたくなり、つめたくなるほどにこの街はまたつめたく、なる。
 やがて足音が止まり、どこかの奥でつめたいものが砕ける音が、する。




六。


 この街ではつめたくて、だから誰も冷蔵庫を持っては、いけない。




七。


 今日も空を鳥が渡り、広場で、配給がはじまる。ぼくらはそう生まれついたものなので、誰いうこともなく集まり、列ぶ。広場の真ん中に列べられた肉は、どれもつめたく凍り付いていて、ぼくらはそれを素手であたため、その場で、食べる。
 それが何の肉かなど、誰も、知ろうとも、しない。












           了。



自由詩 「 ぼくらのつめたい亡命都市。 」 Copyright PULL. 2008-03-22 06:54:46
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