スピンオフ
影山影司

 その男の父母は頭脳明晰であつたが、いかんせん欠けた人間であつた。
 その証拠にその息子は、うんと賢くうんと欠けていた。

 彼は幼少の時分、「阿呆として生きねばならヌ」と思うた。
 難解な数式を解いた後の名声や
 市場を支配して稼ぐ金に
 1Bitほどの価値も見い出せなかつた彼は

 頭の中に宇宙を作り その外れに蒼い蒼い星を置き
 無人の星の真ん中に 黒い黒い高層街を積み立てた

 高層街のビルの一つの区画の中にあるアパートの一室
 が彼の生きる場所となつた。

 現実世界で彼は 広い屋敷の一室の片隅で踞つている白痴の少年で
 頭の中での彼は 同じく踞る奇才の偉人であつた。


 白痴の少年にあてがわれた医者は「この子は捻子一本無くしとる」と言うた。
 医者は鋭かったが 両眼に被さる安物色眼鏡のせいで 事実を見誤つた。
 捻子を無くしたのは白痴ではなく奇才の方で
 様々な制約から解き放たれた奇才は
 右の目玉の代わり 螺旋穴をぽこんと開けていた。


 螺旋穴はブラツクホールだつた。
 奇才を取り巻く白痴の全てを吸い込み 圧縮した。
 奇才は絶え間なく吸い込まれる 純粋な情報を吸い上げ
 何もかもを数え上げ 折り畳み 弄んだ後に 飽いて 捨てた。
 捨てられたものも 残らずブラツクホールが吸い上げた。

 ブラツクホールは全てを吸い込み圧縮する。
 情報という情報が小さく小さく纏まり 終いには1Bit、1Dotの情報になつたのだ。


 見よ、いまやその1Bitが
 世界よりも重々しく在る。


自由詩 スピンオフ Copyright 影山影司 2008-03-18 03:53:54
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