それほど遠い場所じゃないけど
AB(なかほど)

  

風の音を聞くように
Yさんの口癖を久しぶりに聞いた
嬉しくなるはずなのに
昨日はなんだか寂しくなって
帰りはとても早足になった

明日の明日がやってくることを
あんなに望んでいたころに
今でも自由に帰れるYさんだから
同じように
未来を語るんだろう

寂しくなった理由を
振り切ろうとする早足も
やがて到着地点を覚えてしまう
ゆっくりとYさんの口癖を 
真似しながら 
いつ 
立ち止まるのかを算段し始めた

大切なことは
大切なものは
例えば
ポケットの中の十円玉
と初めてもらった手紙
に酸化鉄の縞模様
のまるい石
を拾う靴にしみていく冷たい波
に溶けていく文字達
とゆれる藻
が一歩の時間
に流れてゆく
流れてゆくから
大切なものは言葉にしなきゃいけないんだろうか
とごまかしながら生きてきた
たぶんこれからも 
そうやって生きてゆく
やがて消えてゆくのかも
だからとうてい
Yさんのもとにも帰れない
それほど遠い場所じゃない
のだけれど
帰れない


昨夜は
すみません
とたった一言だけ答えた
それは
いつもの社交辞令なんかではなく
本心だった






自由詩 それほど遠い場所じゃないけど Copyright AB(なかほど) 2008-03-08 21:35:52
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