プール
チグトセ

さみしかったんだ
ほとんど狼みたいに毛羽立った孤独を
ずっと人の死角にかくして



宇宙に旅立ったアホウドリの飛行士の話。
最近、ようやくこの星に戻ってきた彼の話によると、
宇宙の中では、やっぱり地球がいちばん住みやすいらしい。
宇宙にはどこにも孤独が存在しなかったんだ。
そういう概念がそもそもなかったらしい。
孤独を理解しない対象にそれを説明するのはとても困難で、
彼は始終をもやもやした気分で過ごした。
アホウドリは、宇宙から帰ってきてもやっぱりアホウドリのまんまだった。
でもその代わり、きれいなアホウドリになっていた。
きれいなきれいなアホウドリ……


きみは相変わらずぼくの話を聞いていなかったけれど
ちょうどその頃になって
人生のプールになんやかやと詰め込む作業に飽きたのか
休憩
休憩しているあいだがいちばん楽しいね
休憩そのものまでプールに詰め込んじゃうと
疲れるからね


ぼくはまたしゃべりはじめた

美味しいものを食べるには……、
ちょっと気が遠くなるくらいいろんな条件の上を通り抜けなければならない。
具体的には、
歯が丈夫で、
舌が正常で、
鼻づまりがなくて、
喉が正常で、
食道と胃が正常で、
さらには腸の端から端まで一つも疵のない状態でなければいけない。
それがもし素敵なことでないのなら、
きっと「素敵なこと」に大した価値はないんだ。
そこが、とても難しくて、
だから、
わざわざクジラにうたってもらったりしなきゃならない。
花に色めいてもらったり、風にそよいでもらったりしなきゃならない。


ほとんど何もない空の中で
風を送り出す巨大なハネが回っているのを見上げてから
きみはデッキブラシと居眠りしはじめる
プールのへりの内側には札が下がっていて
ひっくり返して読むと「1−1=0」と書いてある
その式の中で
しなければならないことは3つある

・1をつくりだすこと
・1をひくこと
・さいごには0になること

誰もがやっていることだ
詰め込みすぎたら捨てなきゃいけないし
ほとんど空っぽだと、なんだか終わってしまったような気になる


ぽかんと、首だけもたげた
人の表情だけで、その人が何を考えているのか察知するのは難しい
とても、難しい
それからまた頭を膝と膝のあいだにすっぽりと埋めて
「ねえ、さみしかったんだ」と一言
一言だけしゃべった

ねえ
たとえここが
他人をにくむことを
でもそれってしょうがないよね
って照れながら赦してしまうような世界であっても
朝は来る
地球は回る
腹は減る

明るくなって、いろんなものが見えるようになった
世界は美しい
それが心残りなんだときみはつぶやく


自由詩 プール Copyright チグトセ 2008-03-08 04:09:53
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