Mさん
戸森めめん

その夢の中で、私は、高校生だった。

実家の近所にある野球グラウンド、に(今はもう、住宅地になってしまっている)
クラスメートの男子が集まり、*野球のようなゲーム*をしていた。

 *野球のようなゲーム*

 参加者全員がグローブの代わりにテニスラケットを持っている。
 詳しいルールは不明だが、テニスラケットを使うこと以外は、野球に則っている。
 ピッチャーは投球せずに、スマッシュで放ち、バッターはラケットでそれを打ち返す。
 見たことのないゲームではあるが、夢の中では定期的に集まってプレイしていたらしい。


私のチームは攻撃側であり、順番が回ってくるまで退屈そうにしていると、
Tが*新調したテニスラケット*を自慢げにみせてくる。

 *新調したテニスラケット*

 黄緑色をしたグリップに、ブルーメタリックのボディーがつやつやと輝いていた。
 しかし、それを私が手にした途端、あちこちに傷が付き、色あせた。
 ガットはゆるみにゆるみ、伝線してしまう。
 私がその変化にびっくりして、ラケットをTに返すと、それは元に戻った。


もう少しで、自分の番、という時になって、雨が降る。
私たちは一斉に、ぼろぼろに錆びた簡易ベンチに逃げ込んだ。
空は青く、天気雨だが勢いは激しく、トタン屋根を叩く雨音は、隣人の声が聞き取れないほどだった。

「こういう雨はすぐ止むんだ」と後ろにいたクラスメートの声が聞こえる。
「そうだね」「そうだよ」「すぐ止むよ」「もうすぐだよ」
(止んだって、こんなに雨が降ったら、もうグラウンドは使えない)
と私は思ったけど、雨音に心地よさにかまけて黙っていた。

ふっと雨音が和らぎ、まるで日が沈んだかのように、グラウンドに影が落ちた。
隣にいたKが声をあげる。
「やっと、きたんだ!」
Kに呼応して、周りのクラスメートが歓声をあげる。

(やっと、止んだではなくて?) と私はKの顔を見ようとしたが、
Kは、小雨の降るグラウンドに駆け出していたので、その顔は見れなかった。

追いかけるように、他のクラスメートもグラウンドに駆け出す。
彼らは降る雨を賛美するように、天に向けて両手を広げ、その場で不器用にくるくると回りだした。

気づくとベンチには、僕と*Mさん*と二人だけになっていた。
僕はMさんに『みんながよく理解できないことをしている』と同意を求めようとしたけど、
彼女は、いとおしそうにぐるぐる回るをみんなを見て、笑っていた。
私もこのベンチに座っているのが申し訳ない気持ちになって、クラスメートの元に歩き出した。

 *Mさん*
 少し変わった苗字をした女の子で、色の白い素直そうな女の子だった。
 二学期になって野球部のSと付き合いはじめたが、Sに強姦まがいなことをされたのをきっかけに別れたという話がクラスに広まっていた。
 僕は少し、彼女に憧れていた節があったけど、深く話すことはなかった。

先にグラウンドに飛び出していた彼らは、いつの間にか上半身裸になり、
楽しそうにぐるぐると回り続けていた。

僕は、彼らに近づこうと歩いていたが、
体がスロー再生になったように、ゆっくりとしか前に進まなかった。
それでも彼らの仲間に入らないといけない気がしたので、
形だけでもと、着ていた服を脱ごうと手をかけたが、クラスメートが叫び声で手をとめた。

彼らはキーとか、キャーとか、声をあげて、嬉しそうに空に手を伸ばしている。
なんだろうと、空を見上げると、そこには*オレンジ色の円盤*が浮いていた。

 *オレンジ色の円盤*
 それは形も大きさも、フリスビーに酷似していた。
 心理学者のユングは、『空飛ぶ円盤』という著作の中で、UFOを曼陀羅へ通ずる全体性の象徴元型的心象であると論じている。


次の瞬間、円盤と共に彼らはふっと消えてしまった。
雨も止み、耳が痛くなるような無音だけがグラウンドに残った。

これは、なにか悪いジョークだと自分に言い聞かせようとした時、目が。


散文(批評随筆小説等) Mさん Copyright 戸森めめん 2008-03-06 22:55:30
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