創書日和「月」 往還
大村 浩一

創書日和「月」 往還


月に巨大な鏡を置いて望遠鏡で覗いてみた
レンズの視界のなかで望遠鏡を覗きながら手をふるのは
自分がするよりも少し遅れて手をふる
2.56秒前の私
無数の少しずつ前の私の映像が
地球を離れ月にはね返って地球に戻ってくるのを想像する
同じように
無数の私の姿が無窮の空に放射されている
死ぬまでに届かない場所のほうがずっと多い
その場所から眺めたなら
昼飯時に勝手に始まったTV中継が目の前で終るような感じだろう

   * * *

そんな大袈裟なことをしなくたって
1枚 写真を撮ればいい
フレームの中に居るのは1秒ごとに過去へ遠ざかっていく昔の私
いいえ実際には
私がその焼き付けられた写真の前から無限に遠ざかって
消えていく

   * * *

「また来られるよ」と言われ
「また来ようね」と静かに笑った
「またこんど」が無いことに
本当は気づいている
自分がこれから
別の生き物に変っていくことにも

   * * *

前に出来た事が出来なくなるのは
どんな気持ちだろう
ネクタイが結べなくなりそうな気がして
冷や汗が出た

   * * *

20年越しの都市計画に基づき
街が根こそぎ掘り返されていく
20年後には綺麗に整った未来がやってくるが
その中には私は居ない
そこを生きることはその頃には
誰かに託すことになっている


2008/2/29
大村浩一


自由詩 創書日和「月」 往還 Copyright 大村 浩一 2008-03-01 00:03:07
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