記憶喪失者
佐藤犀星
無人のメリーゴーラウンドが回る、回る
そして無人の回転する木馬たちの鞍上から
無数の笑い声が、余韻を残しながら
ぐるぐると揺らめいている
めくるめく酔いと共に
木馬たちが夜の大空へ一斉に駆け上がる
その時、夜空には星の代わりに無数の目が瞬き
地上に生息する全ての生命を遠目で嘲り笑いながら
一つ、また一つと瞼を閉じて安い眠りに落ちていった
一頭の木馬が現れ、夜空の上まで昇っていった
眠りに落ちた一つの瞼を無理やり開けると
涙が流れて川ができた
川を渡ってはいけない と
何者かの叫ぶ声を聴いて
記憶は緩やかによみがえる
ここは僕の部屋
そして僕は人間
白昼夢の内容は忘れてしまったが
胸の奥では無数の目が涙を流していたために
激情と共に大粒の雨が降りしきり
それは再び激しい洪水となり
記憶を奪おうとしていた
僕は人間
今、生きている
氾濫した激しい流れに飲み込まれて
記憶喪失者になってしまわないように
必死に激流を耐えている人間
記憶を留めて未だ生きようとする
わずかな生命の灯火
なぜ今、目を開けたのかすら分からない
意識がない
必然性も無い
ただ、太陽の輪郭が
瞼の裏に焼きついていた
太陽に支配されているのかもしれない
それから一日が終わると
木馬たちは知らない間に
元の回転する無人の木馬に戻っていくのだ