小さな王女さま
ある寒いクリスマス・イブのことでした。
輝くレースのカーテンが風に翻るように、真っ白な粉雪が舞い降りて来ていました。見渡す限りの町々は、こんもりと白い雪に覆われて、家々の灯は地上に散撒(バラマ)かれた星屑のように、瞬いていました。
きっと家の中では、一年の無事を喜ぶ人々が神さまの愛に感謝を捧げて心からの祈りを上げ、赤く燃える暖炉の回りでは、家族の賑やかな笑い声が溢れていることでしょう。
これは遠い遠い北の国のお話です。
この小さな北の国には小っちゃな太った王様と幼い王女さまがおりました。王様はたいへん欲張りな人で、国中の人達から高い税金を取り立てていました。どんなに貧しい人にも容赦はしません。そんな王様でしたから、国中の人達はいつも王様のことを悪く言っていました。しかしそんな国中の人達も、幼い王女さまだけはたいへん愛しておりました。人々は王女さまのことを『私の小さな王女さま』と呼んでいたほどでした。王女さまは王様や国中の人達に愛されてとても幸せに暮らしていました。
ところが、たいへん悲しいことに、今年の冬になって王女さまは胸の病気に罹ってしまいました。王様は国中のお医者さまを呼び集めました。しかし王女様の病気は治りませんでした。それどころか反対に病気はますます悪くなってしまいました。この時代では胸の病気は不治の病です。 王様はどんなに悲しくてもどうしようもありませんでした。
『そうだ、今年のクリスマスには王女の部屋を贈り物でいっぱいにしてやろう。』
王様は急いでおふれを出すと、国民からもう一度税金を納めさせました。そのお金で王女さまのために本当に素晴らしい贈り物をしようと思ったからでした。
二つの塔
ところでみなさんはボローニャという地名を聞いたことがありますか?そこには赤いパイを積み上げたような二つの塔が立っているそうです。その昔、片方の塔に住んでいた若者が、もう一方の塔に罪人として閉じ込められていた恋人に憧れて、その吐息によって、二つの塔はお互いに近づこうとするかのよう曲がって いるそうです。
王様のお城にも二つの塔がありました。でも、この二つの塔はボローニャの二つの塔とは違って、まるで威張った門番のように並んでふんぞり返っていました。
王様のお城は小高い丘の上に建っていました。ですから今もふもとの町からはこの二つの塔が、六角形にお城を囲んだ城壁から、まるで背比べをしているかのように、二つ反り返って頭を出しているのが見えました。
今はもう雪は降り止んで、二つの塔の上にも降り積もった白い雪が見えました。そう言えば一面が真っ白でした。遠くから見るとまるで地上は牛乳をたっぷりと流し込んだようでした。
月は雲に隠れていましたが、薄青白い雪明かりで遠くまで見渡すことができました。遠くに黒く重たい山々が見えました。町を取り巻く森の木々は白く雪を抱いて立っています。地上では雪を背負った家々の窓から、赤い灯りが洩れて輝いて見えました。
国中が藍色に透き徹った冷たい空気に満たされていました。時折強い風が吹いて、降り積もった粉雪を吹き上げているのでした。
澄んだ空気から伝わって来る町のようすは次第に静かになって来ました。もう少しで一日の終わりを告げる鐘が鳴ります。その鐘の音がクリスマスが来たことを知らせるのです。
クリスマス・イヴ
王様は病気で寝ている王女さまの部屋へ行くところでした。廊下には所々にたいまつが灯されていて、松ヤニの焼ける臭いがしていました。外の寒さが暗闇と共に薄暗い廊下に迫って来ているようでした。
王様はふと立ち停まると、ふもとの町を見ました。廊下からも瞬く町の灯りが見えました。王様は急に幸せな気持ちでいっぱいになりました。自分の国はなんて 素晴らしいんだろうと思ったからでした。しかし冷たいすきま風が吹き掛かかり寒さに思わず身震いをすると、王様の幸せな気持ちはいっぺんで消え失せてしま いました。
『可哀想な王女さえ元気でいてくれたら、二人で楽しいクリスマスが迎えられるのに。』
王様は反対に急に悲しくなって来ました。
『神さま、可哀想な娘をお救いください。』
王様はそう呟くと、急いで王女さまの部屋に入って行きました。
王女さまの部屋はとても暖かで、そこでは幾つもの暖炉が燃えているようでした。王女さまは窓際の大きなベットの中で、乳母に付き添われて寝ていました。
王様が傍らに寄ると、王女さまは布団の中から両手を出して、王様のポッチャリした暖かい手を自分の頬にあてがいました。病気のせいか王女さまの白い肌はますます白くなって、大理石のように透き徹っていました。王様の手が押し付けられた頬は、熱のために王様の暖かい手よりももっと熱く、燃えているようでした。
王様はそのような王女さまを見ていると可哀想でなりません。こんな幼い子供がもうすぐ天国に召されるなんて、とても信じられませんでした。
王様は少し神さまを恨めしく思いました。来年こそは国民からもっともっと税金を取り立てて、王女のために外国から有名なお医者さまを呼ぼうと心に決めました。
窓の外ではまた雪が降り出しました。細かな粉雪です。窓から洩れる光の中を粉雪は静かに落ちて行くのでした。
『ごらん、私の国は美しいだろう。雪がいっぱい積もった家々の灯りが、ほら星のようじゃないか。』
王様は窓の方に両手を拡げると自分の小さな国を誇らしげに示しました。けれども王女さまは何やら悲しい顔をしています。
『お父様。あそこに見える家は灯りがついていません。』
王女さまはそう言って指をさしました。確かに一軒、回りの家が明々と灯りがついているというのに、黒々としてひっそりと佇んでいる家がありました。
『きっと貧しい家なんだろうね。』
王様は少し悲しくなりました。王様はどんなに貧しい人達からも高い税金を取り立てていたからです。きっとそのために楽しいクリスマスが迎えられないのでしょう。
『それでもお父様。神さまはちゃんとあのお家の子供達にも素晴らしい贈り物をくださいますよね。明日の朝、あの家を乳母に見に行ってもらいましょう。』
心優しい王女さまはベットの中から王様を見上げました。
『そうだね。明日見に行ってもらってごらん。きっと素晴らしい贈り物があったに違いないから。』
そう言うと王様は急いで部屋を出て行きました。そして家来を呼ぶと、王女さまのために買っておいた銀の鏡を取って来て、あの家に置いて来るように命じました。
するとさっきまで少し悲しくなっていた王様も、何か良い事をした後のような、素敵に愉快な気持ちになりました。
『良かった良かった。これで王女も喜ぶだろう。』
王様はまた王女さまの部屋に戻って行きました。
雪あかり
王女さまは先程と同じように、ベットに横になりながら窓の外を眺めていました。王様は王女さまの傍らに立って、ニッコリ笑いながら王女さまの顔を覗き込みました。
しかし可愛らしい王女さまは小さな溜息を一つすると、また悲しそうに言うのでした。
『お父さま。あそこにも、あそこにも灯りがついてないお家があるわ。あのお家にも明日見に行ってもらいましょう。』
『ああ、そうだね。きっとあのお家の子供には、きっと金や銀の飾りの付いた緑色の革靴が窓の下においてあるよ。』
王様はまた王女さまの部屋から出て行きました。そしてまた別の家来を呼ぶと、王女さまのために買って置いた贈り物の中から、王女さまに言った通りの美しい緑色の革靴が入った小さなプレゼントの箱を渡して、あの家の窓の下に置いてくるように言いました。
王様は今度はあまり良い気持ちにはなりませんでした。国民から取り立てた税金をもう少し軽くすれば良かったかな、と思いました。そうすればどの家にも灯りがついて可愛い王女を悲しませずに済んだのにと思いました。
王様は重い足取りで王女さまの部屋に入って行きました。王様は少し自分が欲張り過ぎていたように思えて来ました。
王女さまはやはり前と同じようにベットの中で横になっていました。王女さまはますます悲しい顔をしています。
『ほら、お父さま。あそこにも、ほら、あそこにも。灯りのついてないお家があんなにたくさんあるわ。』
王女さまは今にも泣き出しそうでした。
『心配することはないよ。あの家にもきっと素晴らしい贈り物があるから。神さまは優しくて公平でいらっしゃるから、そんな不公平はなさらないよ。』
そう言いながら王女さまの顔を覗き込んだ王様の目は真っ赤になりました。王女さまは小さな両手で王様の頬を挟むと、恥ずかしそうな王様の目を見詰めました。
そこから次々と大粒の涙が出て来ました。
王様は我慢できずに泣いてしまいました。王様はとても悲しくなりました。王女はなんて優しいのだろう、なんて自分は欲張りだったのだろうと王様は泣いたのでした。
その時でした。王女さまは小さな息を一つすると静かに目をつむりました。そして、そのまま死んでしまいました。まるで眠っているような王女さまの死に顔でした。
王様はたいそう悲しみました。あわててお医者さまを呼びましたがどうしようもありません。王様はそのまま床に跪くと神さまに祈りました。
『神さま、私が悪うございました。私が欲張りでした。これからは優しい王になります。きっと優しかった娘のようになります。』
王様は一心に祈りました。
その時、町の教会から鐘の音が聞こえて来ました。クリスマスを知らせる鐘の音です。寒い夜空を、町々をそれは渡って行きました。町のあちこちからは静かな歌声も聞こえて来ました。
『ああ、クリスマスがやって来たんだ。』
王様は祈りを終えて、閉じていた目蓋を開けようとしました。その時、部屋の中が急に明るくなっていることに気が付きました。部屋の中は眩しいばかりの光でいっぱいです。王様は恐る恐る目を開けて見ました。
『これはいったいどうしたというのだ。』
王様は立ち上がって王女さまを見ました。するとどうでしょう。世界中の雪明かりという雪明かりが王女さまの回りに集って来ているのでした。
雪明かりは眩しい輝きとなって王女さまの身体を包み込んでいました。しばらくするとそれは身体の中に吸い込まれて行って、王女さまの身体の中で結晶して王女さまは雪明かりの宝石でできた石像になっていました。
王様はそれを見ると可哀想な王女さまのために神さまに感謝しました。そしてそれからはたいへん良い王様になったそうです。
王女さまの像は今のこの国の広場に花に囲まれて眠っています。これでこのお話はお終いです。
そうそう、言い忘れましたが、王女さまが雪明かりの石像になられてから、毎年クリスマスになると、橇にいっぱい贈り物を積んだ、小っちゃな太ったサンタク ロースのおじさんが、シャン、シャン、シャンと楽しい鈴の音をさせながら、町々の貧しい家の子供達に贈り物を届けるために、丘の上の宮殿から出て行ったそ うです。
終わり。