バカの天才
あすくれかおす
ちいちゃい頃のぼくらは、バカの天才ばっかりだった。
プールに思い切り飛び込んで、みんなを見下ろすほどブランコをこいで。
工事現場のトタン屋根を、危うげにいくつも飛び越えて。
大人には見えない場所から、山ぎわの夕日を眺めた。
初めてその場所にたどり着いた日。
バカの天才たちが、一同静かになったのを覚えてる。
あの日の夕空からは、なんかスモークチーズみたいな匂いがしたな。
ぼくらは色んな味を知っていた。
「のし梅さん」の味。
鉛筆の芯の味。
体操帽子のゴムの味。
別にうまくなくたって、何でも口に入れた。
おかげさまで、あの頃の色んな味は、あの頃の色んな気持ちと、ない交ぜになっている。
何でか今のぼくは、それを良かったと思っている。
ぼくらの遊び場所は無限だった。
でも、かぎりある工事現場でも充分だった。
広さなんてどうでも良かった。
フェンスを越えれば、全てがホームランだった。
あの頃。けんかをしては、バカで天才な言葉を、何度も何度もやり取りしていた。
たぶん、魔女の世界では当たり前なくらいの、使い古された呪文のように。
「地獄は雲のうえかもよ 天国は路地裏の箱かもよ」
今、適当にそらんじた言葉は、相変わらずバカだったが、天才ではない。と思う。
バカの天才たちは、みんな大きくなったから。
トタン屋根には登れないし、工事現場は狭すぎる。というかマンション建ってた。
・・・。
だけど。
四季の花は移ろえど、あじさい通りは枯れないように。
心の中にある、ちいちゃな頃の匂いを、味を、そして言葉を、枯らせたくはない。
ぼくは子どもに戻りたいのではない。
でも、できるならもっかい、バカの天才になってみたいと思う。