あと幾日
はるこ



「兄さん、あとそこにある段ボールだけだよ、重いから気をつけて。」
「あ、ああ。」

あと数日で、18年間慣れ親しんだ我が家を出て行くというのに、
まだ俺は実感がわかない。
「東京はもう、桜が咲いてるね。 兄さんの好きなライブにも行き放題だね。 いいなぁ…。」
そう言って俺の横で洗濯物をたたむ佐希子は、庭先のまだ咲かない桜を見ている。
いつも丁寧にたたんでくれた緑色のセーターは、もう段ボール箱の中だ。
ぼんやり言う佐希子に、俺はなぜだか苛ついた。

「お前が行かないって言ったんじゃん。」
つい、意地悪な台詞が飛び出す。 よせ、やめとけ。 あと数日でいなくなるんだから。
「うん、そうだね。 ごめん。」
佐希子は困ったように眼を細めながら俺を見る。

「………いや、俺こそごめん、 なんか苛ついてたみたいで。」


小さい頃から何をするにも一緒だった双子の片割れ、佐希子。
流、流、と着いてきてはよくこけていた佐希子。
進学は、一緒に東京で、住むところも一緒で、
それを信じて俺は頑張っていた。 そんなこと佐希子は何にも言ってなかったのに。
いつの頃からか兄さんと呼ぶようになった。
流、と呼ばなくなったとき、
俺達ふたりの世界は終わりを告げたんだろう。

「佐希子、お腹大事にしろよ、 青森は寒いぞ。」
「ん。 大丈夫。 弓削くんも大事にしてくれているから。
 双子だったらいいなぁって 思うの。 兄さんとわたしみたいな。」
ふふふとさらに眼を細めて佐希子は笑う。
こんな美しい顔を、こんな美しい妹の顔を、 俺は見たことがあっただろうか。

あと幾日だろう、佐希子と、こんな和やかな時間を持てるのは。
東京に行ったらきっと、 今日の日のことなんか忘れて知らない誰かと笑いあったりするんだろう。
佐希子だってきっと、青森で小さくたって幸せを掴んで、こうして俺といたことなんて忘れてしまうんだろう。

でもきっと、どこか隅の方では覚えている。
それは佐希子の子が引き継ぐかも知れない。
だから、だから。


「佐希子、いつかまた会おうな。」
視線をそらさずに真っ直ぐ、言う。
「あは、 兄さん何を言ってるの。 会わないわけないじゃない。」
「そうだな。」

でも確実に俺達の世界は終わりを告げる。
それまでの幾日か、
今までと変わらず、佐希子を守ってやる。
きっと離れても、その信念は細胞が覚えている。


散文(批評随筆小説等) あと幾日 Copyright はるこ 2008-01-27 23:18:56
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