未来
アンテ


水面が乱れて
小さな塊がゆっくりと沈んで底に横たわった
魚たちは恐る恐る集まってきて
塊を遠目に眺めた
それは線が複雑に組み合わさって
「翼」のような形をしていた
きっと毒にちがいない
だれかがそう言って後ずさった
恐ろしい動物かもしれない
だれかがそう言って身を震わせた
けれどどれだけたっても苦しくならなかったし
いつまで待っても動く気配はなかった
ついに勇敢な一匹の魚が
「翼」を囓って食べてみた
すると身体が軽くなって浮かび上がり
水面の向こう側へ消えてしまった
しばらくするとまた水面が乱れて
今度は「牙」のような形の塊が沈んできた
魚の一匹が囓って食べると
身体が浮き上がって
同じように水面の向こう側へ消えた
それからも次々と塊が沈んできて
ある魚は「鼻」を
別の魚は「爪」をという具合に
塊を食べては水面の向こうへ消えていった
いつの間にか魚はみんな姿を消し
いちばん臆病な魚だけが残された
岩陰にひそんでいると
小さな塊がひとつ沈んできた
魚は長いあいだ塊を見つめていたが
意を決してそれを齧った
やがて身体が軽くなり
魚は浮かび上がりながら
どんな世界が待ち受けているのだろう
もっと強くなれるだろうか
生まれてはじめて
心を弾ませた
魚のお腹のなかで
「欲」という塊がゆっくりと溶けていった




自由詩 未来 Copyright アンテ 2003-09-03 02:21:31
notebook Home
この文書は以下の文書グループに登録されています。
びーだま