ベクトル
佐々宝砂
何もない空からゼロがふってくる
ならばいくらかマシだったかもしれないけれど
真っ黒な空からはマイナスがふってくる
はっきりとしたベクトル
明確な方向性を持つマイナスが
あたまのうえからふってくる
何年もまえ
街には卵がふったという
ふりくる卵は
舗装された街の道路に落ちて
優しくくだけたのだろう
知らない知らないと優しい否定をつぶやきながら
街の風景は今夜もたわんでゆき
ゼロより何にもない街角では
ゼロより何にもない人が立ちすくみ
ああそれでもたぶんこれでいいのだろう
卵もない
老いた人々もいない
中途半端に皺んだ子どもたちが
マイナスのベクトルを拾い上げて
高らかに勝利をうたっている