esquisses
鴫澤初音

 鍵を持っていたんだよね、君は


 閉じた空に背を向けて、僕らは山へ登っていく
 道筋を辿って、汗をぬぐって
 ひたすら 
 足の上下運動を繰り返す

 ねえ 君は
 上下運動なんて 嫌らしいっていうんだろう きっと
 
 とりもせず

 見つめて
 見つめて

 空が
 閉じていく 暗く 星々が投げかける瞬きにも
 気づけなくて

 ただ動かしていた心が
 
 満たされていたかった



 なぜ君は 私がここへ書くのか
 わからないと 思うだろう きっと

 君にはわからないだろう 

 指からこぼれ落ちていくものがたくさん
 私を壊していくのだ

 君と
 結局は繋がれなかった
 私は
 君へ言いたかったことや
 君を満たしかったことや
 君の柔らかな身体を
 見つめ
 見つめ続けるために

 ただ
 ずっと
 指を動かしている

 君だけが持っている
 鍵が

 私は 欲しかった

                       0926





  連絡先不明。君との距離、ジャングルジムの夜明け。
  たくさんの金魚の落下を、着地した校庭の月影の
  隅で泳がせる。

  私たちの歌うたい、の群れは先導された黒い尾鰭について
  夜を追っていつまでも移動し続けた。

                         0411




  ロッソかなぁ。
  かばんを貰った。
  すごくいいかばんだった。
  高いとかじゃなくて、
  ぴったり合ったかばんだった。
  ぴったり合うなんて
  なかなかない。
  どうしたんだろう、かばんかな?
  これ。

  
  よくわからない。
  場所によく
  行ってしまうから、
  帰り道が複雑に交差して
  元の場所に戻れないこともまま
  あって、ええいなすがままじゃねえか、
  と開き直って
  放屁する
  君は
  私の小さなガールフレンド

                       1102



   不毛な毎日、にシンクロして潜水。もぐったままキスした昔
   の思い出。だって泳ぐの好きだったんだもん。ぜんぜん暑く
   ない日でも、結局バックヤードで水掛けが始まって、君がも
   ちだした、water gunにじゃあ、私どうやって反撃すれば
   よかったのかな。輝く日の光をくぐって、抜け出した手に、
   ホースが握られてのは、反則? それじゃあ君がその次に
   大きなバケツいっぱいに入れた水を、私の頭の上からかけて
   ぐちゃぐちゃにしてプールに突き落としたのはよかったのかな。
   大好きだったよ、その肩も。君が肩をあげて、白いTシャツを
   脱いだとき心もとなくどきっとしたよ。それを、どうしたら
   いいのかよくわからないうちに君が絡めた足を抜けようと
   しなきゃならなかったよね、でも、もう、バイバイ、思い出。
   
   還える日はいつか決まっているから。



   拭えない思い出が、誰にもあって、豊かな日差しの遠い向こう側
   にいつもそれはあって、悲しく泣いているのだろう、こちら側で
   私たちは。
   深夜、点滅する歩道の向こう、に君がいるのを知っていた。かつて
   そういう話を書いたのを覚えていますか?様々な幸福を、君は手に
   もって、ただ向こう側で小さく囁いていただけだったよね。
   君はいったい何を言っていたんだろう。いつもそれは聞こえなかった
   んだけど、繰り返す点滅に私たちはただ互いを見ていただけだった。
   いつまでも、いつまでも。

                         0410




   昔友人が死んだ日
   全然わけもわからずに報告をきいて
   一人でそっと通夜に行きました
   私はずっと好きだったその人を
   けれどもう何年も会っていなかったことに
   唐突に気づいて そんなことで泣く

   今
   私の死んだ人を 好きではなかったけれど
   死にたくないと私の手を握り締めて
   言った 彼を
   私は 私の命をあげるから だから
   生きていてほしいと思った
   
   こんな苦しいのはもう嫌だ と
   安楽死を選んだ その人の
   薬が入れられるのを見ていた

   生きるために死ぬこと
   
   生きたいとずっと言っていた人だった
   死にたくないって言葉が
   どれほど重さを持っていたのか
   知らなかった

   世界が美しかった
   なのに あなたはもう
   見れないんだよね

                       0515




   友人が遊びに来た。そういうのは悪くなかった。
   久々に会うし、お互い気心も知れてるから。
   でも、避妊具をちゃんと持ってきたのは
  「それはないんじゃないの?」と思った。

  「いや、でも結局そうなるからさ」
  「ああ、…そう、ふーん!」
  「だって、そうだろ」
  「そうなんだ、へー!」
  「なんか、むかつくな」
  「むかつくなら来るなよ、馬鹿」
  「お前、ってほんと、あれだよな」
  「あれって何。あれって、それでしょ」
  「でもお土産とか買ってきたじゃん」
  「煙草の1パックが何?」
  「お土産」
  「そっちの方が高いと思うよ」
  「そっちって?」
  「コンドーム」
  「単価じゃ安いよ」
  「馬鹿じゃないの?」
  「じゃあ、つけなくていいんだな」
  「殺すぞ」
  「犯すぞ」
  「やってみろよ、馬鹿」
 
  
   的な会話をする。ちょっと遊びだと思った。
   最近思うんだけど、友達と寝るのっていいこともあるけど
   それ以上に馬鹿馬鹿しいんだよ。
   愛情、っていうか、そういう恋人同士の愛情が
   ないにもかかわらずするのって、
   気持ちいいけど、楽しくない。
   いろいろ試せるのがお得なのかもしれないけど、
   だから何。
   もっと大切なこといっぱいあると思うんだけど。
   
   友人として、あなたを大切にしたいと思うのは、
   こういうことじゃないから、って帰ったあとで
   思いましたよ。
   手を握らない、頭を撫でない、何々しない、
   何々しない、何々しない、
   だってしなくても楽しいからじゃない。
   けっ、バーカ。

                      0708




 明日も明後日も明々後日も 疲れるに決まってる


「でもまあいいか、疲れきったら、死ねばいいから」って

 ロングブーツをもう履いてるランちゃんに言ったら

「えー、きっもー! それまじで言ってんの?」って

 超引かれた 

「私さぁ、そういうこという人って初めて会ったー!

 私からしたら、そういうのって負け犬じゃんか?

 えー? まじ? きっもー」

 嫌悪感あらわなのはいいけど

 人を不快にさせてるのはお互い様だから

 そういう彼女の寂寥さに吐き気がしたよ ほんと

 私は 私を好きだとどうどうと思えないし

 一生好きだなんて思わなさそう

 明るい顔なんて 幼いときの写真だけだし

 家族なんてここ数年まともに見てない気がする

 捨て子だったらな とか

 片親だったらな とか

 意味わかんないことばっか 考えてさ

 甘いよね、 スイートカフェ


 明日からまた いろいろ あって

 頭痛いこと ばっか

 明日どんな顔して めぐに会えばいいのか

 私にはよくわかんない 怒ったら怒ったで そのあとの処理が面倒

 あー、人生って 本当に面倒くさいな


                     0923




 自転車から飛ばされた。
 ふー。
 川辺を走っていたら、流木につまづいて、
 転倒、というか自転車から吹っ飛んだ。
 恐ろしい。
 顔から突っ込んで、舞う。
 別にいいんんだけど、ジーパンも破れ、
 膝も痣だらけ、顔から血が流れました。
 いいのかね?
 
 いいんだろうよ。
 あれから、小さな部屋ばかり探し歩いている。
 君はウーロン茶。
 私はファンタグレープ。
 太っているお前が見たい、
 っていうフレーズ、切ないよね。

 さよなら、ラエロ。
 私はあなたより強い。
 
 だからもうすぐ冬、
 マフラーを巻いて火をつけようね?

                      1024





  イチと、ヒロと三人でジェフの家に遊びにいった。
  私はイチとは中がいいけど、ヒロとはあんまりだったから、
  イチと待ち合わせをした夕方に日の落ちかけた向かいから
  ヒロが来て、ちょっとびっくりした。
  そんな話きいてないけど? て言ったら、イチは
  そうだっけ? と笑った。
  ジェフの家まで少し遠かったから、電車で一時間、
  三人で言った。そしたら近くの駅で、
  突然ニシから着信があった。
  え? 何?どうしたの? って言ったら、ニシは
  俺もうジェフの駅ついてるんだけど、そっちは?
  と言った。私は、そんな話きいてなかったから、
  イチに電話を押し付けた。 ニシからだよ て言ったら
  イチは ああもうついたのか、 と言った。
  何それ。 イチはいつもそんな感じ。でも笑顔が変。
  私たち イチとヒロとニシとジェフは小学校が一緒。
  それ以外の共通点なんてほぼない。だけど
  ずっと一緒だったような、気もしてた。
  ヒロとイチは司法試験を受けてる。
  ジェフはタイ好きの薬好き。
  ニシは空を飛んで、病院に連れて行かれた。
  私はずっと見えない何かを追いかけてる。
  似てるっちゃあ、似てる?  イチが言う。
  似てないよ! 言う。
  でも似てるのかな? くすっ とヒロが笑う。

  駅前でジェフが缶チューハイを開けながら
  ニシと一緒に出迎えてくれた。夜の見知らぬ駅で
  私はこれからの夜を思った。

                     1121




   今日は朝からバイト
   だったよ
   準備室で手を洗っていると
   おみちゃんが後ろから突然言った

  「しぎちゃん、今日は何の日だ!」
  「…え?」

  「だから、今日は11月11日でしょ?
   だから、何の日だかわかる?
   ヒントは魚ヘン」
  
   結局私はよくわからず
   おみちゃんが最後につるんと笑って言った

  「しゃけの日だよんっ」
  
   
   お昼におみちゃんとはるちゃんと
   ランチに行った
   二人は白衣のまま行ったんだけど
   私はミドイさんと煙草を吸ってから行くことにしてたから
   ロッカーで着替えた
   黒いジーパンと黒いパーカーが
   喪服みたいだなあ。ついでに去年イチからぱくった
   黒いマフラーもしてた
   イチは今 何してんだろ
   ミドイさんとは今年グラスゴーに行く
   イチはパリにいく
   私はイチがパリにいるころ
   ウィーンにいるだろう
   だからイチはパリで会おうって言った
   私が行くの? と聞いたら
   イチは笑った
   
   ちょっと遅れていったテーブルには
   どれもこれも三つに可愛くわけられたお皿があった
   おみちゃんとはるちゃんは
   ぜんぜん他人どうしなのにとても似てる
   なんだかね
   と笑い出すような声が好き
  「しぎちゃん、遅い!」
   一番細いはるちゃんは一番よく食べる
   私はごめん!って言って
   手元の箸をとって
   皿に伸ばした

                      1111




      なさけねー、夢を見る
      僕らは涎さえ
      芝生にこすりつける

      許して、ね
      僕ら
      生きてきた空が
      軽くてさ
      ふわふわ


      きれいになって
      きれいにして
      澄んだ瞳で
      歩き出したかった
      なんてさ

      笑って言えるように
      なったね?

      ごめんね

      ふふふ、って
      泣き出したよね

      僕ら

                       0305



笑っちゃうような日常だよ、ね?
最近人気の漫画を読んでみた
あんなさぁ、笑っちゃうくらい感傷的なのって
ずるいと思う、って一人で思っちゃったよ
でもそんな切なさもいいな

どうしてひどく傷つかないとわからないことが多いのだろう
人って進化してるのかな?って思う
淘汰説…、は古いのかな?
高校生のとき、生物の先生に
「必要じゃないものが残らないのじゃなくて、
 必要なものが残っていくんだよ」
とか言われて、
「じゃあこれからの世の中で、
 生きていくのに有利な人間ってどんな人なんでしょう?」
ときかれて答えに窮したことを思い出した

しぶしぶと、君は手を差し出した
私はそれを受け取る
虹の上にいた、その日
太陽が西の海にまだ明るいまま
私たちは紫外線に焼け焦げて
頬から紫の煙をあげていた

                      1221




 友人であるゆうちゃんはとても優しくぼ〜っとした女の子で、
 で、考え方がかなり自己中心的である
 所謂自己中なのではなく、発想がすべて自分中心なのだ
 例えば、合コン後、私と二人で飲みにいくはずだったのに

(と、いうか二人で飲みに行くはずがゆうちゃんのせいで
         合コンに参加させられたのだよ 全く・・・)

 男の子たちとの別れ際、

「私たちねぇ、飲みにいくんだ〜(一緒にきます??)」的な発言をして、
「行ってもいい?」と男の子(フランス人)に聞かれ
「いいよ〜」答えたのも勿論ゆうちゃん、

 結局彼と私たちは終電を逃し、朝の五時まで一緒だったのだけども、
 帰りの地下鉄午後6時、
 ゆうちゃんは不思議そうな顔をして、一言、

「ねぇ、なんで、あの人さぁ、一緒についてきたのかなぁ?」

 だって  ・・・ねぇ、ゆうちゃん誘ってたよね?

 だけどゆうちゃんの脳内は

「彼が来たのは私を好きだからだよねぇ〜」

 という結論が既に出ている


 或いは会社で上司(女性)に怒られると、

「あの人は私が可愛いから嫉妬している」

 と平気で私に話すのだ

 そして頑固だ
 私はゆうちゃんにはっきりと「発想が自分中心だよ」なんて
 言ったりもするんだけど、勿論馬耳東風、
 或いは

「あの人は私が可愛いから嫉妬している」

 なんて思われているのかもしれない

 私とゆうちゃんは殆ど共通したものがない
 なのに私とゆうちゃんが友人なのは、
 多分「ふうふ」みたいなものなのだと私は思う

 ふるいふうふ みたいに私たちはお互い屈託がない
 
 言いたいことを言うし、したいことをする、

 結局は私もゆうちゃんもお互いにお互いを満足には
 してないし、いらいらしたり、怒ったりもする、
 
 だけど、私たちは安心するのだ
 共通点なんて殆どないけど、
 私たちは様々な記憶の中で手を繋いでともにいて、
 その繋がりあった思い出は
 私たちを決別させることはないのだと、
 私たちは知っているから
 
 あの過去の素晴らしい思い出は私たちには
 決して枯れない泉みたいなものなんだよね?

 だからゆうちゃんは私を特別な名で呼ぶし、
 私はゆうちゃんの側で眠るんだ

 私たちは思い出だけで 繋がっているのだけど、
 それさえ塗り替えていくたくさんの楽しいことを
 これからもしていくから、
 漆塗りみたいに渋く
 ふうふで
 いれたらいいな
 なんて 私は思うのだけれども

                     0926


 揺れている砂浜を歩いている。
 だから砂も水の端からさらさらと零れていった。
 体温の下がる距離をゆっくりと埋もれていく。
 明け方、私たちの肩に積もった残像を払い落として、
 来た道をひき返して行く、翻る一瞬、川に映った朝日が
 照らし始めた光景を浮かべて、言う。

                     


自由詩 esquisses Copyright 鴫澤初音 2008-01-18 08:57:40
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