機会者
狩心

一人の犠牲で
百万人が救われて
百万人の犠牲で
一人の天才が生まれた

口だけでは正確に
的を射る事が出来なかったので
足を使って的をずらした
火が水の中に落ちた

目蓋を閉じれば突然光は消える
睫毛の重さも忘れて
睫毛は触角として外界を告げる
目蓋の裏側に小さな振動と
白と黒がはたはたと交互に入れ替わる

手を叩く為に物を捨てた
事を知らせる為に服を脱いだ
そこから
空白が始まって歌を告げる
歌なんていらない
ひとしきりに泣いた
あめふらしの夜
水中での呼吸法を自慢げに話した
崖っ淵の夜空

覗き込んだ穴に
しゃぼん玉が一つ
渇いた喉に
張り付いた

全体を見渡すと
一つ一つが消える
単純な事も忘れて
数の中に
孤独が生まれる

始まった場所に
戻る旅は
いつの時代も
平等に
残酷だった

頬杖を付いて
目の前で笑う君に
奇跡に似た
時を刻む

いつでも終われた
誰に約束されるでもなく
心は天秤に掛けられた
舞い上がる灰が
空を
七色に染める

体のチャックを
首元まで上げると
現実に戻される気がして
必死に大砲に弾を込めた
一つ一つの山を
飛び越えていく

同じ言葉を繰り返してはならない
という呪縛が
生命の輪廻に
花を添えて

空気の通らないビニールのパッケージ
子供が螺旋状に階段を飛び降りて
三人の男女が暮らす物語を
手首の中に閉じ込めた

長い長い旅路は
夢の中で一枚の絵になる
初めて文字を音にした時
人間の縮図が
崩れる

力なく全てを落とした
順番が間違っていないか
始めから何度も読み返した
態勢が変わる
そして腰が地面に着く
揺れる鼓動が
サーカスのブランコで笑う
少女を焼き付けた

何度でも突き立てる
ばら撒かれた銀色の器に
部屋を暖めるスイッチを押す
ぼやけた硝子の扉を閉める
手提げ袋の中には
白骨化した犬が
主人を求めて彷徨う

意識を飛ばす
私が知らない場所に
一番安らぐ表情が
あるのだから
両手を広げて背伸びをする
一日が始まる
音が崩れる

恐れない
何に頼る事もない
髪型を逆立てて
小さな根を引っ張る
体中に着いた毛玉よ
胞子となって
ぐらついた窓に
顔を映せ

空になった酒瓶を
壁に叩きつけた
じぐざぐに交差する先端が
私の歯に似ている
首を締めて殺すと
口の中から
小さな青虫が飛び出た

赤いシャンデリアが落下する
卑怯なほど赤く
青虫の手の平を染めて
猿のように飛び跳ねる
貼り付けられたシールに
びっしりと文字が敷き詰められていて
満員電車の中に
誰も席を見つけられない

幸せが混沌を呼び込み
百万人の声が
沈黙の中に帰る

安全靴はとても重たく
0時00分
湿らせたトイレットペーパーは
死体を吸い上げる

イメージを繋げていくのではなく
全く関係ない奴らが出会う
歩道橋の上で
天文学的な数字が煌めく
鼓膜を破って
地上の熱に
合図しながら

木の葉の爆弾が丸まって固まる
サッカーボールによく似た
集団的自衛権
先手必勝の一得点
ゴールが決まった後に
虫達がざわめく
一つ一つの細胞に
歓喜を上げて

絶望は虐げられた教会で眠る
鐘が踏切の遮断機で消される
美術館に飾られる名画のように
人々の手から手へ渡る

壁は鮮やかに塗り固められている
文化と
平凡な営みの為に
聖職者の生殖器が陳列されて
愛撫の波に酔う
愛にさすらう
その意味を知らずとも
事は必然的に終わる

熱い焼釜で育てられた侮辱
半熟卵の吐息
目は虚ろに
何かを掻き毟るように
バスに乗って天国へ向かう
人々の声が
届かない場所へ

命令されるのは朝起きた直後
足の裏に鎌を装備して
家のドアには
昆虫の死骸を貼り紙として
片方の目が
自然を引き摺りながら
蛙に乗って
おたまじゃくしの学校へ行く

どろどろに溶けたショートケーキ
砂糖の拡散が
地層を分解する
硬く伸びた一枚の板
指紋の残る
石の叫び

透明な者ほど
よく人の前に出たがる
確認される必要もないのに
恐怖と
命を呼び込む
その手法は
死を何度も噛み締める事
黄金のダンスを拒否する事
愛する者の為に
言葉を失う事を恐れない事

一定の距離の後立ち止まる
三点描写の三角形の横に
二つの雑草を抱えて
階段を上ってくる若者が
老人の体と一体化する姿を

太陽の枝の
木漏れ日の下で見つけた
慌しく旗がはためく
群青の空に
ベクトルが機械化していく

黒とピンクの鞭の花柄が
唾液の中に
煉瓦の設計図を提供する
建物から建物へ移動する
渡り鳥の一瞬
ホモサピエンスからの
性同一性障害
肩の中に潜む
人類の希望
酸素と水素の結合について

勉学から来た疫病の
焼け爛れた支配者が
何度も母の名前を呼び続ける事を知っている

最後の一連は
一連の動作を
弱者の健康に分け与える

気持ち悪い化け物が
美しく見えた時
あなたの中の父が目覚める
時計の針よりも速く時を刻みながら

継承された松葉杖
頑なにブラックホールの謎に迫る
俯く度に聞こえる
鋼の戦車
爆弾の倉庫
先進国の舌で泣く
飢餓の真珠

欲望は貝の中に
養殖的な魚を泳がせる
情報を遮断して
沢山の物を売り払う
仮病が使えなくなった時代に
新しい門松は立たない

ネームバリューに従うな
爪から伸びたコンクリートの渦
亀裂の中に嘔吐する
鏡の肌に

兎が亀を追い抜く
眠っていた時間は
あなたの足の中に
日本画の屏風のように
部屋の中に風景を蘇らせる

短いものに巻かれて
あなたの息は途切れ途切れだ
許されない拳は
皮膚の中に留めよ

絶好の倍率だ
ズームレンズの中に
裁判官の知恵が重なって見える
外側から作業が舞い込んでくる
内側の井戸に捕虜を残して


自由詩 機会者 Copyright 狩心 2008-01-11 21:30:31
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