イノセント
ホロウ・シカエルボク




感情を上手く話そうとして、何度も口を開けては閉ざした
感情を上手く捉えようとしていたが、目の中を覗き込むほどの
信頼ひとつそこにはあるわけではなく
不安の色は青空を埋め尽くす雨雲みたいで
次第に肌を突き刺してくる冷たい温度みたいで
話せないことの言い訳を探すみたいに
窓辺に目をやると風に流れた枯葉がひとつ


本当のことはずっしりとしてるから
なかなか上まであがってこない
無理に言葉にしようとしても
ありきたりな単語が空回りするみたいで
「違うんだ」と
諦めてしまうことが判っていたから
窓辺の枯葉が角度を改めた北風に
砕けながらはらはらと落ちてゆく


時計を見た
いつもよりゆっくり
刻まれていることが判っていたから
時が流れていることが判っていたから
文字盤を眺めて
がらんどうの空間にこだまするリズムを
秒針の振動に当てはめようとしていた
耳を澄ませて
意識を強く持てば持つほど
そのリズムは時からはずれていった
規則的な流れの中に現実なんて呼べるものはありはしないのだ


目の前のカップには
ろくに口をつけていない珈琲
君のほうにあるのはミルクティーだったか
そんな数十分前のことすら思い出せなくなるほど
頭の中を埋め尽くしていたのはいったいどんなことだったのか
言葉に出来るときはいつも手遅れで
きっと
言葉に出来るときは
目の前の椅子は空席で


すべて判っていた、たぶん君のほうも
ずっと見つめてきたものはあながち間違いじゃなかったはずで
ほんとうはきっと
回避出来る何らかの手段があるはずだった、けれど
足りないのはひとことで
互いの胸の底に沈む
重たい重たい真実で
ガラス越しに肌の温もりを求めるみたいで
見えているのに、すぐ
すぐ近くにそれは見えているのに
たったひとつの言葉が求められるときに
真摯な思いなど何の役にも立たない


夕焼けがないせいで突然に暮れてゆく今日の姿が
もうすでに断層の向こうへ流れ始めた
これまでの時間を饒舌に語る
最後の試みがか弱い息になって口から漏れたとき
運命の爪に掛けられたように君が立ち上がる
何も出来なかったけれど手は尽くしてしまった
カップの中の飲物は待ち疲れていた
暗く変わり始めた窓の外には見えるものはもう無くて
玄関のドアに真っ直ぐに歩く
どこか呆然とした君の背中と
それを見送る
どこか呆然とした
すべての眠りを待つ僕の
ふたつの目だけがくっきりと映し取られていた


そんなものだ
そこに映ったことだけが
いまこのとき唯一はっきりとした出来事なのだ
僕も君もいらない
枯葉も


ドアが開いたとき
猛獣のように雪崩れ込んできた強い風も




呆然とした
呆然とした
呆然とした







――ふたつの目、だけが。




自由詩 イノセント Copyright ホロウ・シカエルボク 2007-12-17 21:52:45
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