生還者たち(マリーノ超特急)
角田寿星

そんなの嘘よ と
ベッドに腰かけた少女は私の目の前で若草色のワンピースを腰まで
たくし上げ秘所を露わにする。不釣り合いな厚手のストッキングを
躊躇なく下ろしそして両大腿に咬み合わさった品質の悪そうな義足
を優雅にはずした。

少女はシャツでも脱ぐようにワンピースをもどかしげにさらにたく
し上げる。下着をつけていない。少女の腹部と乳房と犬のような乳
首。海辺の寒村にはめずらしいほどの白い肌がまぶしく窓辺の光を
うけて揺れている。少女の栗色のながい髪が脱いだワンピースに引
っかかり跳ね上がり
しずかになる。
あなたの服を脱ぐのを手伝えなくてごめんね。少女は半分ほどしか
ない白い大腿をほぼ一直線にひらいたまま恥ずかしそうにささやい
た。


崖のうえの孤立したこの小屋が村でただ一つの宿である と
崩れそうな岩場を登りながら案内人代わりの男が私に教えてくれた。
聞くところでは少女は五年前に海辺で全裸のまま倒れていた。誘拐
でもされたのだろうまだ幼いその少女の体にははっきりと乱暴され
た痕跡がありそして
両大腿がばっさりと切り落とされていた。
少女には発見される以前の記憶が欠落していた。余程の出来事に少
女自身が自らの記憶を閉ざしてしまったのか。村びとの看護の甲斐
あって快復した少女は崖のうえの小屋に住まうようになり今では旅
人の面倒をみながら体を売っているのだと。

そんなの嘘よ。少女はゆっくりと私の首に両腕をまわす。

たとえ記憶になかったとしても本当にそんな目に会ったのだとした
ら男に触れられることに心が耐えられるものだろうか。いくつかの
逡巡の後に訊ねてみる。
いいえ。死に触れられるよりか ずっとまし。
小屋の大きな窓。その上辺を一匹の蜘蛛が這い回りその神経根を縦
横に放とうと待ち構えている。蜘蛛の神経根はあまりに鋭敏である
がため獲物の捕獲に激烈な痛みを伴いそのためこの地方の蜘蛛は獲
物が掛かるたびに笑い声とも泣き声ともつかない叫びをあげるとい
う。少女は私に覆い被されたまま示指を突きだして蜘蛛を撃つふり
をしながら
うふふ。嘘。
顔をあげて私の下唇をあまく咬む。

やがて少女の顔がうつくしく歪む。
白い肌がうっすらと汗に濡れて透きとおる。


はるか昔の言い伝え。
ささやかな光を宿した内陸の宝石にそれを凌駕する眩さをもった圧
倒的な光が襲いかかりささやかな光はなす術もなく消え去った。
五年前に人の通えない森の奥で突如暴発した巨大な光の柱について
この村の誰もがかたく口を閉ざしている。管理局サイドの閲覧可能
なデータではこの事件に関する記載は一切ない。名も無いカメラマ
ンが森に喰われながらその命と引替えに撮影したデータからは断片
的ではあるが破滅的な何かが生じた可能性を見て取れる。そしてそ
の現場から流れる川の下流に村は位置している。

嘘よ。なにもかも嘘。みんな嘘を言ってる。
わたしは生まれた時からこの村にいるの。両脚の「これ」は鉄道事故。
わたしは母親の仕事を継いでるだけ。
うつむいた少女のほそいうなじを窓辺の光がやわらかく抱いた。

少女は若草色のワンピースをふたたび羽織り枕のうえに器用に跨が
ってベッドサイドのちいさな丸テーブルに丁寧にカードを並べてい
る。聴こえないくらいの声でひくく歌をうたいながら。
 人は誰も惑星を抱えて生きていく…けして自ら輝かない星…光を
 そして浴び…
ジョーカーのない32枚。欠落だらけのこれがカードのすべて。わた
しが海辺に打ち上げられた時これだけを持ってたんですって。
少女は私と視線を合わせない。
嘘だけどね。

わたし
あなたに会えてよかったと思うの と
少女は腰をあげて私と向き合いまなじりをあげる。若草色のスカー
トがかるく跳ね上がり揺らぎ切断された大腿をすっぽり覆う。かつ
てない少女の瞳の輝きに私はその昔私が愛した女の面影をつよく感
じ狼狽する。少女の口許が痙攣するように何かを告げようとするが
ことばにすることができずに

そんなの嘘よ と
肌の赤みを消して視線を落とす。


自由詩 生還者たち(マリーノ超特急) Copyright 角田寿星 2007-12-16 21:28:10
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