花冷え
渡 ひろこ

とうりゃんせ と唄われた
神社の裏手
一本の老樹が
わずかに肩をいからせながら
両手を広げ
しどけなく枝先を垂らす


関所と謂われたこの地で
何のためらいもなく
敷きつめられた白い生地に
まだらの足痕


それでも
紺の空を見上げれば
満開の花の合間から
幾重ものプラチナの手が
はらはらと花びらを散らす





降りてきた闇に包まれ
花明かりが
ふわりと浮き上がった





焼酎の匂いや
ビンのふれあう音
うすら笑いの蠢く手
半音上げた嬌声が


ひと塊りのねじれた
不協和音となって
老樹に
緊張を響かせる


ふと 見やると
やわらかくすぼむ
うすい唇たちが
蒼白となり
かすかに震え
ひとひらも零さぬように
おし黙る


萌え出ようと
ツン と屹立した
小枝の先もうなだれる
重たげな憂いが
いつのまにか
花冷えを呼んだのか
乱痴気騒ぎを一掃した






うたげのあとの静寂






風が名残を消すように
一陣 吹きぬけていった




(いにしえの地ぞ)

はらり  と囁く





とう
       りゃん

  せ





ゆっくり
  弧をえがいて
    舞い落ちていった















自由詩 花冷え Copyright 渡 ひろこ 2007-12-03 19:59:50
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