歌を
鴫澤初音

  抱きしめて 歌を (歌を、)



  あなたの 匂いや 
  あなたの 皮膚や 
  あなたの 内の世界

 
    特急電車が好きだった 普通電車と違って
    特急電車はいろんな顔を持つことができる

    祖父に撮ってもらった いろんな
    特急電車と、私


     昨日 山の手線の車輌と車輌の間の がたがたゆらゆらする
     ところで 両足をそれぞれにおいて もしこれが外れたら私
     の身体はどうなるのだろうと考えていた
     千切れるの かな 血が でるのかな 血と私 祖父じゃなくて
     誰か駆けつけて 写真撮ってくれるのかな、考えて そしたら、
 


   ブレィキ、
   がたん、
   がたん、
 


  特急電車の顔の横の匂いがして
  
  (匂いは急に襲って来た)
 



  「匂いを頭だけで思い出すわけにはいかないのだ」ということに
  不図気付く 似た匂いを持つものや人と遭遇しないと その匂い
  を思い出すことなんてできないのだ だからこそ、思い出したと
  きのショックは大きいのだろう ねぇ、
 
  それ きっと匂いだけじゃなく 雰囲気とか 表情とかもおんな
  じなのだとずっと だから それと似た匂いや雰囲気や表情を持
  つものや人に 自分の持つ思い出を簡単にかぶせてしまったり 
  するのかも知れない ね 光源氏みたいに 

  (あはは それって誰?)




  ところで今日 世界が荒廃した
  私は生き残って一人ぼっちで 
  もう電車にもあなたにも誰にも会えない 
  あなたの 匂いや 
  あなたの 皮膚や 
  あなたの 内の世界をもう思い出せない
  気が して

  ランプが駅でちかちかして いて
  待つ人は誰もいなかった 私は一人ぼっちで
  ピース、ってやってみせた
  最後の電球が切れた 後

  ただ  思い出せるものは言葉だけだった 
  あなたが 私に持続可能な形で残していった 
  言葉


  荒廃した世界で私は一人 あなたの歌と生きていく 
  
  そう 生きていく 信じて
  信じて 私 生きていく だから、


  抱きしめて、歌を (歌を、)





            (ただ、)

                    (あなたを、あなたを)


自由詩 歌を Copyright 鴫澤初音 2007-11-27 23:12:36
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