song of the rainforest
rabbitfighter

薄暗いホールで揺らぐ人波はしだいに一点をめざして渦を巻きはじめた。
彼女は裸足で、ざわめきに身をまかせている。廻れば廻るほど渦の中心は深く沈んでいく。握りしめた手のひらが汗ばんでいる。彼女はまだ歌いはじめない。興奮を抑えきれない群集は彼女に故郷の海を想わせた。巨大な低気圧を予感して低くたれ込める暗い空の下で押しつぶされる海。
 
 私は台風だ、と彼女は思う。南の彼方の海で生まれ、遥か北の彼方に思いを寄せる、そしてただそれだけのために足下の全てを踏み付け、蹴飛ばしていく。荒々しく、狂ったように。私は台風だ。彼女が探していたのは前触れだった。しっとりと温かい、南の島の風。彼女の長いスカートの裾が風を捕らえる。瞬間、彼女は躊躇する。いったい自分は今どこにいるんだろう。島じゃない。それはわかる。
 でもその躊躇は長くは続かない。彼女の長い髪はもう、風をうけて舞っている。いや違う。頭を激しく振っているのは彼女自身だ。いつ頃からかは、彼女には思い出せない。雷のようにシンバルを叩く。金属のあげる悲鳴。そしてオーケストラが彼女に従った。

 荒々しくうねる波のような観衆、風に巻かれて絶叫する。もう各々の情熱であるのはやめろ。この暴風雨に逆らう必用はない。彼女は君臨し、統率する。恐るべき女帝、狂える指揮官。彼女はまた思う。いったい自分はどこに来てしまったんだろう。それもまた一瞬のことだ。彼女の民がその唯一の権利を要求している。彼女はステージの真中でその声に答える。そうだ。確かに、あなた達には要求する権利がある。この歌が終われば、また次の歌を。そしてまた次の歌を。終わらない歌があるのならば、彼女はその歌を歌うだろう。だけど終わりは来る。夜は明けてしまう。ゆっくりと闇は薄れていく。彼女はその瞬間を記憶しようとする。夜が朝へと、変る瞬間を。彼女は耳を澄ましている。アンコールの声が響いている。しかしそれは嘆願であり要求ではない。彼女はその声を拒絶する。いつのまにか、朝になっている。


自由詩 song of the rainforest Copyright rabbitfighter 2007-11-27 02:40:19
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