さよなら世界
ホロウ・シカエルボク




僕らは冬の森を行くあてなく歩いた
朝露の名残に靴が濡れ、靴下まで滲んでいた
つきまとう鳥がずっと上の方の枝で試すみたいに鳴いていた
その鳥のくちばしは長い鎌の様なシルエットだった
時刻はだいたい午前が終わるころで
枝々の間から洩れてくる光はまだ憂いてはいなかった
草が鳴る、リズム楽器の様にたった一度だけのタイミングで
それきり彼等は少しひしゃげてしまうのだ
たった一度だけの音楽、そんなものが
永遠と思える景色の中に連綿と存在していた
僕らは冬の森を行くあてなく歩いた
理由など判らず、だいたい何時からそのあたりに歩をついたのかさえも
まるで同時に同じ夢を見ているかの様な現実感の欠落具合で
かといってずっと繋いでいる指先には確かな感触があった
そんな成り立ちの中で押し黙って
僕らは冬の森を行くあてなく歩いていた
僕は初めから天涯孤独で、君は早いうちに母親を失くしていた
だから執着というものがお互いよく判っていなかった
ある意味で僕らは誰も知らない森に似ていた
先に進むのに相当な努力が必要なくらい地面のでこぼこは激しかったので
僕らはとっくにへとへとになっていてよさそうなものなのに
足は自然に前方へと踏み出されてゆく、なので
僕らはそれに任せるより仕方がなかった
彼等にはどこか行くあての見当がついているのかもしれなかったから
朝露の名残が靴を濡らして、靴下にまで滲んでいたけれど
僕らはそうして歩いているよりほかに思いつくことは何もなかった
選択肢が無いという選択肢、つまり成り行き
何故か声を出してはいけない気がして
この世界にはこの世界だけの
しんとした調和があるようなそんな気がして
疲れたか、と目だけで君に尋ね
いいえ、とやはり目だけで君は答え
それから僕らはどちらからともなくわずかに口角を緩めるのだ
いつも、話さなくても構わないような事まで言語化している自分達を可笑しく感じて
そのあと僕らはあれこれと考えながら歩く事を止めて
濡れた靴で濡れた地面をぴちゃぴちゃ鳴らしながら歩いた、たった一度だけの音楽をぬかるんだ足跡に変えながら
森の空気は豊かで、肌寒いけれどまろやかだった
どれほどの時間歩いていたのか、光はほんの少し憂いていたけれど
街の中で感じるそれよりはずっと穏やかだった
地面は次第に緩やかな乾いた平地へと変わり
ずっと先木々の途切れるところに
まっさらなセロファンを広げたみたいな青色があった
僕らは冬の森を行くあてなく歩いていた
けれど理由にはなんとなく気がつき始めていて
あのまっさらな青いセロファンの下には
きっとそれよりも少し重たい印象の青色をした凪いだ海があって








そして
さよなら世界

僕らはそこから別のものになる




自由詩 さよなら世界 Copyright ホロウ・シカエルボク 2007-11-25 22:13:59
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