ダルメシアン・ポラロイド
黒川排除 (oldsoup)

 写真を撮ってくださいとお頼みしたかもしれません。いつのことかは忘れたけれど。忘れないうちに忘れてないことを語っておきます。戦争があったのは三年前で、街はぼろぼろになりました。その頃に犬を買って、お金を払いました。犬は牛のような模様の下で、今も低い鳴き声に鼻を湿らせています。ちょうどその街は湿っていて、水滴が誘導する方向には、いつも空っぽのバケツが置いてありました。階段は欠けていて、犬と散歩するたび、近所の子供に石を投げられたのを良く覚えています。実は階段が欠けていたのは、散歩が日課になってからです。わたしは嘘つきな女です。石を投げつけられる犬を不憫に思ってかばいましたが、その石は初めからわたしに向けられていました。わたしが嘘つきだからです。戦争も起こっていません。わたしが信じていただけです。写真を撮って欲しいというのは、嘘つきでも写真に写るかどうか試して欲しかったからです。
 知らないわたしを知ってるでしょうか、知らないあなた。おそらくわたしを知らずに生きてきたことがことさらわたしを知るきっかけになるようなことは無いように思います。周りに何も無い場所に行きたい。白くて小さい家に住みたい。道を一本だけ付けて、つなぎ目の無い断絶した地形から地形へ移動する者にパンと牛乳を分けてあげたい。家の周りに小石を不規則に並べたくっても、祠のように寒々とした地方の片隅で、わたしの願いは地図のように見放されているでしょう。でも■■■(鉛筆を突き刺した跡)のために■■■■■■■■(かなり入念に鉛筆を突き刺した跡)が(遥かなる幻想のように夢見る一時間)のようでもありかつ(エジプト─ロシア間に走らせたあまりにも長い河)のような(滑舌のいい自然のささやきに耳を傾けると凶器を握りしめた少年の夢と衝突する)ですけれども(ロマンシア!ロマンシア!)な、わた(し? わたしと言ってそれが正しいか? 正しいかどうかを測る尺度が宣伝される一枚の破れたポスター)(破滅を味わった人間のための)(有意義な世界に生きる遊民達の墓を立てる仕事人のための)、(そしてわたしは閉じ込められてしまうのです。ですからたくさんの写真を撮りました。私の住んだ街の、私の住んでいる街の、これから私が住むであろう街の、あるいはわたしが永遠に夢見るだけの街の、街の写真を、写真の街を、写真の街は、机と椅子だけでは持て余してしまったわたしの足が仕方なく付いている床一面に結果として敷き詰められています。引っ越しというのはその写真をかき集めて持ち運ぶだけの簡単な作業のように思います。あらゆる角度、あらゆる角度に、街もカメラもじぶんも犬も撮り果たしました。そして撮り果たしたものから、撮り果たした順番で捨てていこうと考えることがただ、生活と呼べる唯一のものです。今では外に飛び出たバルコニー、この狭すぎる風当たりだけが私の領地。)
 わたしは、この手紙を切手を貼らずに窓から投げました。切手は同封しておきます。この手紙を読んだ方はどこか遠くの写真家に送り届けてください。そしてどこかの知らない街で、戦争も起こっていない知らない街で、子供の遊ぶ声の聞こえない知らない街で、湿っていない街で、わたしを撮ってください。風景を撮ってください。わたしを撮ってください。わたしの知らない風景を撮ってください。風景の中にあるわたしを撮ってください。わたしを知らずにいる風景を撮ってください。わたしという風景を撮ってください。風景のように隠れているわたしを撮ってください。わたしを撮ってください。風景を撮ってください。
 わたしを与えてください、わたしの小さなひと。


自由詩 ダルメシアン・ポラロイド Copyright 黒川排除 (oldsoup) 2004-06-10 01:40:01
notebook Home 戻る