飛び出し禁止令
狩心

        遺伝子から遺伝子へ     
         手を繋いだ親子の      
        後ろ姿に寄り添う亡霊      

        子供が何かを感じて     
        後ろを振り返る度に
        他人の振りをする亡霊    
          口笛を吹いて        

        親子の体内に流れる      
          口笛のリズム       
        自然と口元が動いて
        スキップを始める子供    

        激しくなるスキップ     
      子供が手を大きく揺さ振った   
           次の瞬間       
          父親の手が       
      空中を回転しながら千切れた   
 
   走り出す子供   、 それを止めようとする父親   
 爆音を響かせる交差点 、   飛び出し注意の看板
  ブレーキの音と共に  、   夕陽が沈んでいく毎日
 子供が車に撥ねられて 、 空中を回転しながら千切れた   

         口笛が聞こえて      
        後ろを振り返る父親     
        そこには誰もいない     
        脈拍が速度を増して     
       もう一度交差点を見ると     
        いつもと変わらない     
         忙しない朝の風景     
         血管が破裂して
       今にも泣き出しそうだった   
       地面に耳を当てたところで   
        もうあの時の口笛は     
        聞こえて来やしない      

        飛び出し注意の看板が
     飛び出し禁止に塗り替えられている 
        白い空間に赤い文字が    
     スキップをしながら消えていった   

      手から汗が出る事はもうない   
      団子虫のように背中を丸めて   
       プライベートを隠しながら   
          無表情のまま      
         夕陽から遠ざかる     
         朝の電車に乗った     

         剥がされる塗装        
         銀色に光る電車は
          座薬のように  
         何処か汚い場所へ 
         突き進んでいく  
         体内の音だった       

       長いトンネルを抜けると    
        遊園地が広がっていて    
      大人達は無邪気に遊んでいた   
        これが哲学者の言う     
       ユートピアなのだろうか    
         でもこの場所に      
          子供達の姿は      
        一人も見当たらない      

          大道芸人が       
         人を呼び止める      
          ほんの束の間      
        楽しい時間を過ごして    
         ばら銭を投げる      
      無表情に散らばったばら銭が   
      世界地図を描こうとしていた   

        山は限りなく高くなり    
       海は限りなく沈んでいった   
     地球の横幅は限りなく狭くなり  
   面積の無い縦棒になった時に気付くだろう
        飛び出す事はできない    

       交差点に何度も立たされる      
        遺伝子から遺伝子へ       
          車の走行音が      
       耳に張り付いて離れない     
        亡霊と会話を始める     
          もう一度だけ      
        スキップのやり方を     
       教えてくれないだろうか      

   走り出す父親   、 それを止めようとする亡霊    
 爆音を響かせる交差点 、   飛び出し禁止の看板
  アクセルの音と共に  、夕陽が真っ二つに割れていく今
 大人が車に撥ねられて 、 空中を回転しながら笑った

       他人の振りをやめた亡霊は       
         子供と手を繋ぎ      
         口笛を吹きながら      
        黄色に点滅する信号を
       スキップで渡って行った    

       力任せに飛び越えた壁は
         群青色に染まる
       ここから一歩も動かない 
         神経が破裂して
           父と子が
        離れ離れになっても
 


自由詩 飛び出し禁止令 Copyright 狩心 2007-10-30 02:13:41
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