散髪
Tsu-Yo

失恋したら髪の毛を切る、
なんて古風な習慣は持ち合わせていないけれど、
髪を切らずにはいられない日は確かにある。
例えば、傘をさして歩いても心が雨漏りしてくるような日。
例えば、通いなれた一本道でふと迷子になってしまうような日。
そんな日は、予約も何もせず美容院へと駆け込む。
なるべく小さくて、静かで、清潔なところがよい。
それこそ教会みたいな場所なら素晴らしい。
美容院に入ったら髪の毛を洗ってもらい、
まずは心を落ち着かせる。
それから、じっくりと腰を落ち着け、
鏡の中の自分をじいっと睨みつける。
そそっかしい暮らしの中で、こんなにも
自分の顔をゆっくりと見つめるのはいつ以来だろう。
美容師の器用な手が頭の上でひらひらと踊る。
あからさまに鏡の中の顔が変わってゆく。
お、なかなかいいんじゃないか、と得意げな表情になったり、
え、ちょっと変なんじゃない、と不安げな表情を浮かべたり。
いつもは気にも留めない、
些細な気持ちの変化が如実に見て取れる。
気が付くと誰だかわからない人間が鏡の中にいて、
何となく照れくさい気分になってしまう。
散髪の時間は、自分自身の心をしっかりと見つめる時間だ。
ふと床に目を移せば、
さっきまで自分だったものが散らかっている。
なぜ、こんなに無駄なものを持ち歩いていたのだろうか。
美容院からの帰り道は、切った髪の毛のぶんだけ足取りが軽い。


未詩・独白 散髪 Copyright Tsu-Yo 2007-10-29 02:20:39
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